連載
アイランド・ホッパー
1 桜島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 初めて降り立った鹿児島空港、いっぽ外に出ると穏やかな春の空が広がっていた。
 市内に向かうべくわたしと担当編集者のM嬢が交通手段を探していると、地元のかたらしきひとに声をかけられた。
「走りに来たんですか?」
 今回の旅において我われは何度となくこの質問を受けることとなる。

 初めましてのかたが多いかと存じます。中澤日菜子と申します。小説や戯曲を書いて暮らしております。
 今回から始まるこの紀行文のテーマは「島」。日本列島東西南北、島から島へまさにバッタのように跳ねまわってゆく所存です。おつきあいいただけたら幸いです。

 第一回目の目的地は桜島。鹿児島市の東海上にそびえる周囲約五十五kmの火山島です。いまも活発な活動を続けており、2015年の総噴火回数はじつに1252回に及びます。
 その桜島に渡るため、わたしとM嬢は春まだ浅い三月、羽田から空路はるばる鹿児島にやって参ったのでございます。

「なんですか、走るって」と、わたし。
「なんでしょうね、走るって」と、M嬢。
「マラソンに来たんじゃないんですか、お客さん」と、地元のかた。
 どうやらこの週末、栄えある「鹿児島市民マラソン 2016」が市内中心部で開かれるらしい。しかも今回が第一回目。なにも知らないわたしたちは、そのどまんなかにマラソンとまったく関係のない桜島取材に来てしまったようだ。
「どうりでホテルが取りにくいと思った……」くちびるを噛み締めるM嬢。しかし来てしまったものはしかたがない。気を取り直して市内に向かう。
 車窓からは切り崩したシラス台地の白い山肌がよく見える。火山灰が降り積もってできた台地だけあって土や岩より軽く脆そうに感じる。遠く霧島連山を望む山あいの高速道を進んでゆくと、やがて進行方向左手に桜島の姿が見えてきた。麓はよく見えるのだが、雲がかかっているせいで肝心の火口付近は確認できない。それでも圧倒的な存在感が伝わってくる。
 市内随一の繁華街である天文館にて今回の旅のアドバイザー、鹿児島在住・旧友のH君と合流。H君は火山関連の仕事に就いており、そのため桜島についてとても詳しい。最良最強の同行者と言えるだろう。

 まずはお昼、天文館にあるラーメン屋「豚とろ」へ。この店は今年二月に行われた「第二回鹿児島ラーメン王決定戦」で三位に入ったという名店である。白濁したこってり系のスープに青葱、きくらげ、揚げた葱、そして厚切りのチャーシューがのっている。麺もスープも美味しいのだが、なによりこのチャーシュー! ほどよい歯ごたえを残しつつも脂身と肉が口のなかでほろりととろけ、豚の旨みがじゅわっとしみ出す。夢中になって啜っていると、テーブルのうえに不思議なものを見つけた。小鉢に盛られたこれは、どう見ても大根の漬けものである。H君に聞くと「どこの店にも置いてあります。たぶん濃厚な鹿児島ラーメンの付け合わせとしてぴったりだからではないでしょうか」とのこと。確かにたしかに。ぱりりとしたうす甘い大根の漬けものは、豚の脂でねばつく口中をさっぱり爽やかにしてくれるのだった。


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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化される。
最新刊『PTAグランパ!』ドラマ化決定!(NHKプレミアムドラマ 4月2日スタート 毎週日曜10時より放送 主演:松平健)
Back number
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4 軍艦島
3 八丈島
2 礼文島
1 桜島