連載
アイランド・ホッパー
1 桜島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 川もいくつか越えたが、いずれも水は流れていない。それもそのはずでこの川は噴火による土石流を導き、被害を食い止めるために人工的に作られた水無川なのだ。川の左右には下から緑、黄、赤の細い線が渡してあり、どの線が切れたかによって流れ下る土石流の量を砂防事務所に知らせる仕組みとなっている。

 そんな説明を受けながら黒神鳥居に到着。この鳥居、もとは高さ三メートルあったものが大正三年(一九一四年)の大噴火で降ってきた軽石や火山灰などにより、てっぺん一メートルほどを残し、あとはすべて埋まってしまったという。つまり大正大噴火のまえまで、地面はいまより約二メートルも低かったわけだ。
 桜島は有史に残るだけでも三十回以上の噴火が記録されている。とくに天平宝字、文明、安永、大正の四度の噴火は大規模で、死者や怪我人、村落の焼失など被害の程度も大きかった。島に残るさまざまな遺物や慣習、そして溶岩の流れ下った圧倒的な痕跡が、噴火の脅威をまざまざと想起させる。
 黒神埋没鳥居もそんな遺物のひとつだが、ほかにもはっと息を呑む情景にたくさん出会った。
 たとえば湯之平展望所へ向かう道の途中にあるお墓。桜島のお墓は頑丈な屋根で覆われている。噴石や火山灰で壊れたり汚れたりしないよう考え出されたという。瓦葺きのものもあれば、ガレージに使うような「現代的」な屋根もある。どのお墓も摘んできたばかりのような美しい花々が手向けられ、きれいに掃き清められていた。島のひとたちがいかに祖先を敬い、たいせつに想っているかが肌で感じられる場所だった。
 道路沿いにはコンクリートで作られた「退避壕」が点々と存在している。自宅の庭にシェルターのある家も多いと聞いた。島のどこからでも火山の頂きは見え、この山が火を噴いたらさぞ凄まじかろうと、いち観光客であるわたしでも鳥肌が立つ。
 途中、県道を逸れ、旧道から海辺の集落に降りてもらう。民家がかたまって建つ坂道を海に向かってゆくとふいに道が途切れ、ちいさな漁港があらわれた。深い緑色の海面はまるで翡翠を溶かし、固めたようだ。ぽつぽつと停泊するボートは、島民がぶりやはまちの養殖場まで「出勤」するための足だという。
 一見平和そのものに見える静かな入り江だが、じつは噴火のさいの避難港になっている。
「一つの村にひとつずつぜんぶで二十二の避難港があり、一番から順に番号がついていておおきくペンキで地面に書いてあります。有事の際は港まで逃げ、その島民をフェリーが拾ってゆくという計画です。フェリーが入れないここのような入り江は、ボートを使って沖合まで行くんですよ」運転手さんが説明してくれる。
 ここまで避難計画が綿密なのはなぜなのか。その鍵はどうやら大正の噴火にあるらしい。H君が興味深い史実を教えてくれた。
「大正大噴火では数日前から前兆があったんです。地震が頻発したり井戸の水が沸騰したり、死んだ魚が海岸に大量に打ち上げられたり。安永の噴火のときの言い伝えも残っていて、島民はみな不安に駆られていた。村長はなんども鹿児島測候所に『噴火するのではないか』と尋ねたそうですが、測候所は『噴火の危険はない』と繰り返すばかり。そのことばを信じて残った数名が、けっきょく避難船に間に合わず溺死したんです。その教訓から村には『住民は理論を信じず異変を感じたら直ちに避難せよ』というような内容の刻まれた石碑があります」



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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