連載
アイランド・ホッパー
1 桜島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 その石碑はいまでも東桜島小学校校庭の片すみにひっそりと建っている。フェンスを隔てたすぐ向こうは海。大樹に囲まれた碑はまるで火口を見張るがごとく、海を背に静かに建ちつづけている。言い伝えや口伝は命を守るいわば宝ものだ。そんな過去の経験や悔悟があるからこそ、桜島のひとびとはつねに火の山を意識し、慎重のうえにも慎重を重ねているのだろう。
 そんなことを思いながら二日目の桜島をあとにする。島内のほとんどの観光スポットでタクシーを降りては歩いたおかげで朝よりはからだが軽い気がする。千里の道も一歩から。さらば脂肪、うえるかむ筋肉。

 夕食はJA鹿児島直営、鹿児島黒豚と黒牛しゃぶしゃぶのお店「華蓮」で。歩きつかれたからだに霜降りのお肉、そしてビール。最高。なかなか手に入らないというまぼろしの焼酎「森伊蔵」にもありつけた。野菜もたっぷり摂取。
 けれどもいまだ昨夜のラーメンに怯えるわたしは「ほらこのへん美味しそうだよ」と脂多めのお肉をさりげなくH君に回し、さらには「お腹空いたでしょ。わたしの分もあげるね」、さもさも親切なふりをして炭水化物やデザートまで食べさせるという姑息な手段に出た。「わあ。ありがとうございます」笑顔で頬張るH君。許せ友よ……。

 桜島最終日。雲ひとつない素晴らしい青空。今日も無駄に、もとい張り切って歩くぞとスニーカーのひもを、ぎゅう、と結びあげる。同行者はM嬢そしてH君。
 港まで向かう途中またしても「走りに来たんですか」と地元のかたに聞かれる。
「違います。桜島に来ました。昨日も一昨日も渡りました。今日で三回めです」決然と告げるM嬢。余所者とはいえ通い詰めて早や三日。もはや開き直りともとれる断固たる応対ぶりである。
 今日の目玉は「溶岩で焼くピザ」。
「あ、溶岩プレートで焼いたピザね」と誤解されるかたも多かろうと思うが、違うのだ。今回の我われのミッションは、じぶんたちで溶岩を組み上げ窯を作り、さらにじぶんたちで生地から伸ばして作るピザを食べるという、かなり難易度の高い体験なのである。

 体験場所は、桜島港から車で十分ほどの「溶岩加工センター」。十時きっかりに到着した我われは、爽やかな青年係員に笑顔で迎えられ、コンクリートブロックで簡単に組まれた土台のところまで案内してもらった。


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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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