連載
アイランド・ホッパー
1 桜島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

「『せっかく来たんだから噴火してくれないかな』とおっしゃるお客さんも多いです。気持ちはわかりますが、僕ら住民にしてみると、どうかこのまま静かであってくれ、と思いますね」
 しみじみ語る係員さんのことばに、あらためて「火山とともに生きること」の意味、その重さ切実さを感じる。
 火山島の恵みは多い。あちこちで湧く温泉。世界一おおきい桜島大根や、小粒だが甘みの強い桜島小みかんは島民にも観光客にも人気の作物だ。加工された溶岩は、ピザ釜に焼肉用のプレートにと使い道が多々ある。その反面失うものもまた、多いのだ。そのふたつを常に肌で感じながら生きる――それが桜島の暮らしの、根っことなっている気がした。
 ピザを食べ終わり、お礼を言って、溶岩加工センターとさようなら。
「じゃタクシーを呼びますね」いそいそとスマホを取り出すM嬢に、わたしは「待った」をかける。一昨日のラーメン、昨日の肉、そして最前のピザ(二枚完食)がわたしの脳内をくるくる回る。

「歩きましょう、港まで。ほら天気もいいですし。遊歩道もありますし」
「本気ですか中澤さん。五キロはありますよ、五キロは!」悲鳴のような声をあげるM嬢。
「五キロなら一時間かからずに行けちゃいますよ」日ごろ三十分かけて徒歩通勤しているH君がのんびりと言う。
「……わかりました……」悲しそうな目でスマホをしまうM嬢。そんなM嬢からそっと目を逸らすわたしであった。

 海沿いの県道をてくてく歩き、分岐点から桜島溶岩なぎさ公園と烏島展望所を結ぶ全長約三キロメートルの「溶岩なぎさ遊歩道」に入る。初夏を思わせる強い陽射しが降りそそぎ、額からどっと汗がふきだした。所どころに設けられた東屋で休憩を取りながら桜島港を目指す。溶岩の黒い塊を、春の海がゆったりと包み込む。シーズンなのか、ひじき採りに励むひとをたくさん見かけた。おだやかな顔を見せる桜島を背景にとんびが何羽も舞っている。深呼吸する。海の青と空の蒼が、からだじゅうにとけこんでゆくこころもちが、した。


 帰京した翌朝。どきどきしながら体重計に乗る。プラス一キロ……。でもいいのだ。一キロの贅肉以上に素晴らしい体験ができたのだから。
 ありがとう桜島。お世話になりました鹿児島のみなさま。いつかまたきっと跳んでゆきますね。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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