連載
アイランド・ホッパー
2 礼文島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 大満足して食事処を出る。フェリーの出る稚内港は「北市場・夢広場」から歩いて五分ほど。海に向かって左手に利尻島・礼文島行きのターミナルが、そして右手にはサハリンに向かう国際線のターミナルが建っている。いま現在、サハリン行きの定期船は出ていないそうだが、国際線とあってかターミナルは高い鉄条網で囲われ、ものものしい雰囲気が漂っている。サハリンは宗谷岬からわずか四十三キロ。晴れた日なら稚内市内からでも島かげが見えるという。ふだん意識していない「国境」を肌で感じる瞬間である。

 定刻通りに出航。藍色の海は凪ぎ、ほとんど揺れは感じられない。反時計回りにノシャップ岬を越えると左手に綺麗な三角形をした山が見えてきた。利尻富士とも呼ばれる利尻山である。標高約千七百メートル、風雨に削られた山肌は険しく、尾根に残る雪は真夏でも溶けることはないそうだ。
 二時間ほど快適な船旅をつづけるうち、やがて右手前方に目指す礼文島がすがたをあらわした。利尻にくらべるとだいぶ平坦な島だ。四時半過ぎ無事礼文島の玄関口である香深(かふか)港に接岸。
 礼文島は北海道の左上、稚内から六十キロの海上に位置する日本最北端の離島である。南北二十九キロ、東西八キロとタテに長い島だ。人口二千六百六十人、稚内と同じく農業に適さない寒冷地であるため、観光と漁業が島民の生活を支えている。
 なかでももっとも有名な観光資源は、海抜ゼロメートルから咲く高山植物であろうか。五月から九月にかけて次つぎ開花する花々は可憐で愛らしく、とくに六月に花ひらくレブンアツモリソウをはじめとする礼文島固有種に魅せられてこの島を訪れる旅人が多いと聞く。
 またエゾバフンウニやボタンエビ、利尻昆布といった海の幸も礼文の名産品だ。ちなみにわたしとM嬢のおめあてはおもにこちら。まさに「花よりだんご」なトラベラーである。
 さてそんなわれわれが今回お世話になる宿は、港から徒歩十分ほどの「三井観光ホテル」。ゆるやかな弧を描く海岸線に沿って建つ六階建ての和洋折衷旅館である。
 夕食の時間を決めてM嬢と別れ、いったん部屋に入る。窓を覆う厚いカーテンを引くと――おお美しや、海を隔てて利尻山が正面にあらわれた。夕陽を受けて、頂きが白くきらきらと光る。ホテルガイドを読むとどうやら一階に利尻山を眺めながら浸かれる天然温泉があるらしい。しかも露天風呂つき。わーい。大の温泉好きのわたし、ソッコー浴衣に着替えるや、タオルを引っ掴んでお風呂に向かった。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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