連載
アイランド・ホッパー
2 礼文島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 広くて明るい大浴場は、時刻が早いせいかほとんどひとがおらず、貸し切り気分でのんびり入ることができた。無色透明でほのかに硫黄のにおいが漂う湯は、舐めるとわずかに塩気が感じられる。ガラス越しに利尻山を望みながら、長時間の移動で凝った手足を、ううーん、思いきり伸ばす。はあ、極楽ごくらく。
 内湯で温まってから露天風呂へ。風の冷たさが火照ったからだにここちよい。だが残念ながら露天は道路と同じ高さにあるゆえか細い竹の柵で目隠しされ、かんじんの眺望が開けない。ちとがっかりしつつ、それでもしっかり温泉を堪能。
 こころもからだもほぐれたところで、二階にある夕食会場に向かう。壁一面がガラス張りになっており、暮れなずむ紺碧の海と遠く利尻山を望みながらゆったりと食事ができる。時間は六時半とじゃっかん早めだが、すでに会場は八割がた埋まっている。見たところ七十代以上と思われる男女のグループが多く、ホテルはほぼ満室のようす。
 花と山歩きと海の幸、それに温泉。そりゃ年齢層も高くなるよなあと納得したところで、まずはビールで乾杯。テーブルに並ぶのは、海の幸をふんだんに使った和食御膳。品数も彩りも豊富で、どれからいただこうかと目が泳ぐ。


 もずくととろろの酢の物は新鮮で歯ごたえばつぐん。筍とホタテの炊き合わせはお出汁の効いた上品なお味だ。前菜盛り合わせに礼文特産のタコの甘辛煮が添えてあるのもうれしい。
 ビールが進むけれど、せっかくなので日本酒に切り替えることに。きりりと冷えた冷酒をガラスの猪口でちびりちびり。この冷酒がまたメインの茹でタラバガニ、そして礼文島産の生ウニと相性合いまくりなのである。
 タラバの身は汁気と甘みをたっぷり含み、柔らかいことこのうえない。ウニもまたとろける一歩手前なのに身がしまり、ごくちいさなひと粒にまで旨みがぎゅっと詰まっているのだった。
 M嬢とふたり、語らいながら美味しく楽しく時間を過ごしていると、「すみません。閉店の時間です」、ホテルのかたがすまなそうに告げに来た。まだ八時半なのにーと思いつつ周りを見渡すと、あぁらびっくり。あれだけたくさんいた客がもう誰もいない。島の夜は早い。そしてきっと朝も早いのであろう。われわれも早々に引き上げ、明日に備えることにする。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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