連載
アイランド・ホッパー
3 八丈島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 かんかんと照りつける晩夏の太陽のした、重たいキャリーバッグをごとごと引きずりながら、空港横の歩道をわたしとM嬢は歩いている。我われ以外に人影はない。車も数分に一台、通りかかるくらいだ。
「ねえ、本当にこの道でいいの?」何度めになるかわからない問いをわたしは発する。
「いいはずです。空港の観光案内所のおじさんがそう教えてくれました」これまた何度めになるかわからぬこたえをM嬢がつぶやいた。
「ねえ、本当に歩いて辿り着けるの?」
「着けるはずです。空港の観光案内所のおじさんがそう教えてくれました」この会話もまた、何度繰り返されたことだろうか。M嬢と案内所のおじさんを信じ、わたしは歩きつづけることにする。温度も湿度も高い。拭いてもふいても汗がだらだら滴り落ちる。

 まだまだ暑い九月初め、わたしとM嬢は羽田から五十五分、都内にある南国=八丈島へとやってきた。東京から南へ二八七q、黒潮のまっただなかに浮かぶ八丈島は一周五八・九q、東の三原山、西の八丈富士というふたつの火山がくっついて出来たひょうたん型の島である。面積はほぼ山手線の内側と一緒。ひょうたんのウエストにあたる部分が平地になっており、空港や町役場、町立病院に警察署と、島の主要な機関がそこに集まっている。いわば八丈島の中心街だ。我われが目指しているのは中心街からちょっとだけ外れた歴史民俗資料館、そしてその途中にあるという喫茶店。「ランチを食べるなら」と聞いて、これも案内所で教えてもらった。
 そして歩くこと十五分。車道の横にはアロエが生い茂り、歩道では南国ムードを盛り上げるハイビスカスが美しい。南の島に来たなとの思いを強くする。
 だがいっかなそれらしき喫茶店はあらわれない。いや喫茶店どころか店のひとつもない。おかしい。本当にこの道で合っているのだろうか。またしても同じ問いを発しようとしたそのとき、ききぃ、ブレーキ音を立てて一台の軽自動車が目の前に止まった。同時に「あなたたち、どこへ行くの?」、運転席から身を乗り出した地元のかたらしきお姉さんに聞かれる。
「民俗資料館へ行こうと」M嬢がこたえると、お姉さんは、「ええ!? 歩きであそこまで!? 無理むり、連れてってあげるから乗りなさい」、車から降りてきてくれた。なんと親切な!ひたすら礼を言って乗せていただく。車中、目指していた喫茶店はもう昼の営業を終えていることも教えてもらう。
「……おじさんに、してやられました」くちびるを噛むM嬢。
「お昼を食べるならここで買うといいよ。資料館のすぐそばだし」そう言ってお姉さんはスーパーで我われを降ろし、笑顔で去って行った。八丈島のひとってなんて優しいんだろう。手を振りながら感動する。

 買ったお弁当を店さきで食べ、いざ資料館へ。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化される。
最新刊『PTAグランパ!』ドラマ化決定!(NHKプレミアムドラマ 4月2日スタート 毎週日曜10時より放送 主演:松平健)
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