連載
アイランド・ホッパー
3 八丈島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 島ずしは八丈島の郷土料理で、醤油ベースのたれに漬け込んだネタを甘めの酢飯で握ったもの。わさびの代わりに練り辛子が使われるのが特徴で、これはわさびが手に入らなかった時代の名残りだそうな。島のひとに教わった「あそこ寿司」というお店に入る。
 メニューを見ると、あった、あったぞ「島ずし」。
「これですね、これですね」うきうき声のM嬢がさっそく島ずしを二人前オーダー。だがわたしはその隣の「漬け寿司(要予約)」を見逃さなかった。もしかして。嫌な予感が走る。
「お待ちどうさま」

 テーブルに届けられた「島ずし」は、メダイやキハダマグロといった地の魚で、ぴかぴか光ってとても美味しそうだがどう見ても「漬け」ではない。しかも辛子ではなくわさびが使われている。わたしが、「……M嬢。もしかしてこれは島の魚を使った『島ずし』であって、我われの求めるものはこっちの『漬け寿司』だったのでは」恐るおそる言うと、眉根に皺を寄せたM嬢が「わたしもそんな気がします」深ぶかと頷いた。


 やってしまった。「島ずしと言えば漬け」と決めつけ、確認を怠ったのがいけなかった。
 歯ごたえも旨みも抜群の「島ずし」をいただきながら、「残るは明日のお昼だけだあ」「ラストチャンスに賭けましょう」、「島ずしリターンズ」を誓う我われであった。

 旅も三日め最終日。今日は八丈の文化に触れる日と決めていた。ホテルに荷物を預け、樫立(かしたて)地区にある「服部屋敷」へ移動する。ここでは観光客に踊りや太鼓などの伝統芸能を見せてくれるという。


 午前十時から、まずは「樫立の手踊り」を鑑賞。配られたプログラムには、①のあいこ節(宮崎)から⑫芸州節(広島)まで、日本各地の踊りが記されている。江戸時代、流人や漂着者たちによって伝えられた各地の盆踊りが綴り合わされて、この「樫立の手踊り」となったためという。生まれた土地から遠く離れた人びとが、もう戻れない故郷を偲び、歌い踊り継いできたのだろう。これも黒潮のもたらした文化のひとつなのだ。
 楽器による伴奏はいっさいなく、横一列に並んだ男女四人により、唄に合わせて複雑かつ軽妙な手振り足運びが繰り広げられてゆく。ふだん見慣れている盆踊りより哀愁が漂っているように思われるのは、その来歴ゆえ、であろうか。




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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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