連載
アイランド・ホッパー
4 軍艦島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 その島にはかつて5267名もの人が住み、人口密度は東京都区部の約9倍、世界一の過密ぶりだったという。長崎港から南西約19kmの沖合いに浮かぶ島、端島(はしま)。通称・軍艦島の話である。

 もともとは南北約320m、東西約120mの小さな岩礁であったが、江戸時代後期、漁民によって石炭が発見され、佐賀藩が小規模な採炭を始める。本格的に操業が始まったのは明治23(1890)年、三菱に採炭の権利が譲られてから。以来その小さな岩礁は6回にわたる埋め立てや護岸堤防の建設を経て、南北約480m、東西約160mにまで拡張された。島全体が岸壁に覆われ、その内側にびっちりすき間なく高層アパートが立ち並ぶその姿は軍艦「土佐」にそっくりで、そこから「軍艦島」と呼ばれるようになる。
 今回の旅の目的地はこの軍艦島。かつて人びとがひしめき合うように暮らし、昭和49(1974)年の炭鉱閉山ののちは一転して無人島になってしまったこの「稀有な島」に上陸し、島の歴史や空気を肌で感じてみたい――そう思い定めたわたしと担当M嬢は、初冬の風が冷たい12月半ば、羽田から一路長崎空港へと向かったのだった。

 長崎は快晴。東京よりもだいぶ暖かい。到着ロビーで今回の旅の案内人を務めてくださる友人・Yさんと落ち合う。Yさんは長崎生まれの長崎育ち、わたしと同年代の笑顔の素敵な女性だ。大学生時代、軍艦島のお隣、やはり炭鉱の島として栄えた高島のフィールドワークをしていたという、もう「この旅にこれ以上最適な人材はいないんじゃないか」と思われるほどの「長崎の達人」である。
「とりあえずお昼を食べましょう」ということになり、Yさんの車で長崎市内へ向かう。道すがら、さっそく軍艦島についてのレクチャーをしてくださる。
「『軍艦島に行く』って言うと地元のひとはびっくりするんです。『なんでわざわざあの島へ』って。というのも市内には軍艦島に住んでいたひとがたくさんいて、彼らにとってはあの島は観光地というよりごく普通の、何でもない島だからなんです」聞けばYさんのおばさんもかつて住んでいたそうである。
「それに……」Yさんの話はつづく。「閉山の際はいろんな事情を抱えてたひとも多くて、なかには夜逃げ同然で島を出たひともいるんです。使いかけのお茶碗や脱ぎっぱなしの洋服なんかをそのまま置き去りにして。だから『軍艦島を観光気分で見てほしくない』というひとも多かったんですよ」
 その気持ちは痛いほどよくわかる。じぶんや家族が必死で生きてきた暮らしの名残り、それを興味本位で覗かれるのは耐えがたい気分に違いない。ハンドルを握りながらYさんは語る。「でも2015年に世界文化遺産に登録されて、くわえて実際に住んでいた方々の高齢化が進んで、嫌がるひとが減って来て。『きちんと保存して公開したほうがいいんじゃないか』って声のほうが強くなったんですね。それで軍艦島周遊ツアーや上陸ツアーが実現することになったんです。とはいえ見学できるのは決められたコースだけで、街の内部やアパートのなかには入れないんですけれども」
 そうだったのか。事前学習として、昭和30(1955)年にNHKが当時の島の暮らしを記録した短編映画「緑なき島」を見、島の人たちの生き生きとした暮らしぶりや、まるで迷路のような高層アパート群を目に焼きつけてきたわたしはちょっとがっかり。とはいえ島に渡り、間近からその風景を見られるのだ。期待に胸がふくらむ。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化される。
最新刊『PTAグランパ!』ドラマ化決定!(NHKプレミアムドラマ 4月2日スタート 毎週日曜10時より放送 主演:松平健)
Back number
5 座間味島
4 軍艦島
3 八丈島
2 礼文島
1 桜島