連載
アイランド・ホッパー
4 軍艦島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 ホテルで少し休んでから夕食へ。これもYさんお勧めの大工町にある居酒屋「梅家」へ。こちらでは美味しい「鯨ベーコン」と「さえずり」がいただける。とくにさえずりは口に入れると脂がすうっと溶け、噛むと肉の旨みがじんわり広がって絶品。赤身とも霜降りともまた違う複雑な味わいで、わざわざこのさえずりを食べに東京からくるひともいるらしい。「本日のおすすめ」にあった「大村産ナマコ酢」も長崎ならではの珍味。こりこりした歯ごたえで、お酒のアテにぴったりだ。隣に座っていた常連らしきお客さんによると「ナマコは『冬の味』だね。11月からしか獲れないんだ。とくにここのナマコは天然ものだから身が締まってて美味しいんだよ」とのことであった。


 あっという間に最終日。今日は軍艦島のお隣、高島へ渡る。高島は軍艦島と違い、もとからひとが住む有人島だ。18世紀初めに採炭が始まり石炭の島として活況を呈していたが、昭和61(1986)年に閉山。その後は仕事を求めて島を出る人が多くなり、最盛期には約3000人いた人口がいまでは300まで減ってしまったいわば「もうひとつの軍艦島」である。Yさんは閉山直後のこの島で文化人類学的なフィールドワークを行っており、閉山後の人びとの暮らしをその目で見、記録した貴重な体験を持つ。

 長崎港から定期便で35分、到着した高島はあいにくの小雨模様。長崎市内のような活気はなく、かといって軍艦島のような「究極の廃墟」の潔さもない。主要な産業がなくなったいまもひとが暮らしつづけ生活を維持している、そんな「吹っ切れないもの淋しさ」を感じさせる。

 港から徒歩3分の石炭資料館を見学し、3軒ほど店が並ぶ市場を歩いてしまうとほかに回るべき場所はほとんどない。夏場なら海水浴場で遊んだり、農園で特産の「高島かもめのトマト」を購入できるのだが、12月の高島には観光客らしき人影は見当たらず、出歩く島のひともほとんど見かけなかった。ほぼ無人状態のアパート群を見ながらYさんが話してくれる。


「閉山後、島を出たけれども結局戻ってきたというひとも多かったんです。石炭を掘る以外の仕事をしたことがなく、ほかにやれることがないとか、島の生活しか知らないので東京や大阪に出てもうまく馴染めないとか。でもそれはそのひとたちだけの責任ではなく、会社の運営にも問題があったんです。というのも『良質な石炭が出るから他が閉山しても高島だけはだいじょうぶ』と言って、よその炭鉱からひとを集めた経緯があって。島民にしても『まさか高島まで閉山するとは』って思いがありました」
 長崎の炭鉱が次つぎ閉山していく中、高島はきっと最後の「希望の地」だったに違いない。Yさんの話はつづく。「残された島民のお婆さんに『こんなことになって会社を恨んでませんか』って尋ねたことがあります。でもお婆さんは『しょんなか』って。『会社には良くしてもらったけん、しょんなかよ』って」



      7  次へ
 
〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
Back number
7 天草
6 田代島
5 座間味島
4 軍艦島
3 八丈島
2 礼文島
1 桜島