連載
アイランド・ホッパー
5 座間味島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 ライフジャケットを着け、いざ乗船。船は釣り船サイズ、両側の舷(げん)に出れば直接クジラを見ることができる。大きな揺れもなく20分ほどでポイントに到着。
「ブロウ(鼻息)が目印です」スタッフに言われ、ひたすら紺碧の海面を見つめる。と、

「いました。右前方です」声がかかり、あわてて左舷から右舷に移動。すると目のまえ10メートルほどの近さで霧状のブロウが上がり、ついで海面を割るように巨大な黒い物体があらわれた。クジラだ! 初めて見るその大きさ、うねるような泳ぎに目が釘づけになる。
「大きなブロウは母クジラで、小さいほうは子クジラです。母クジラは北極海でたらふく餌を食べたあと南下し、座間味の海で出産、子育てをします。この辺りは水深がそれほど深くないので、まだ泳ぎが達者でない子クジラを『教育』するのにもってこいなんです」スタッフが説明してくれる。その間も母子は潮を吹きながらゆったりと船の周りを泳いでいる。2〜3分呼吸をつづけると、そのあと10分は海中に潜っていられるという。クジラが潜っている間、スタッフがいろいろと面白い話をしてくれる。
「母クジラは毎日ドラム缶1本分もの母乳を子クジラに与えます。授乳中はなにも食べないので、北極海に戻る前には母クジラは来たときの半分の大きさになってしまうんです」
 なにも食べずに授乳……授乳中はただでさえお腹が空くだろうに、と思わず母クジラに同情してしまう。
 そのあとも何回か母子は船の周りにあらわれてくれた。「ブロウに虹がかかることがあるんですが、その虹を見たひとは幸運に恵まれると言いますよ」スタッフのことばでブロウに目を凝らすわたし。だが残念ながら虹を見ることはできなかった。
 小一時間ほどそうやってクジラたちは泳いでいただろうか。やがてブロウが見えなくなり、どうやら遠くへ行ってしまったとわかる。するとスタッフが「せっかくだからクジラの歌を聞いてみませんか」、海中に集音マイクを垂らしてくれた。エンジン音や雑音が響くなか、耳を澄ませていると――聴こえる! クジラの歌う声が聴こえてくる。
 低い声だ。オーボエに似ている。「ホウホウホォウ」。繰り返される旋律。確かにこれは鳴き声ではなく歌――ソングである。
「ソングを歌うのはオスだけで、面白いことに流行もあります。『ホウホウ』が流行る年もあれば『ホオーウホオーウ』一色になる年も。たぶんソングの上手いクジラがいて、それを聞いた別のオスが真似をし、地球をぐるっと回るようにして伝わっていくのでしょうね」
 なんと流行りすたりまであるとは。クジラの賢さにいまさらながら驚く。
 2時間ほどのツアーを終え、大満足してふたたび座間味港へ。ちょうどお昼時、お腹もほどよく空いている。

 事前に調べておいた島の食堂「まるみ屋」へM嬢とふたり、集落をてくてく歩いて向かう。ここは沖縄そばからラフテー、ゴーヤチャンプルといった郷土料理が食べられるというレストランだ。ランチは14時半まで。余裕、よゆう。からり、お店のドアを開けると、駆け寄ってきた店員さんが「ごめんねー今日は事情があって13時までの営業なのよー」
 あわてて腕時計を見る。12時50分。「まだ入れますよね!?」血相を変え迫るわたし。店員さんは頷くと「だいじょぶさぁ。でも、できるのは『高菜ゴハン』だけだけど、それでもいいかね」と告げる。高菜ゴハン。美味しそうだけど沖縄っぽくない。
「どうします中澤さん」
「入りましょう。お昼抜きは嫌だあ」即決し、入店。あやうく昼食難民になるところだった(じっさい次に来た客は断られていた)。
 高菜ゴハンは大盛りライスのうえに鶏のそぼろと炒り卵、そしてピリ辛の高菜がたっぷり載り、さらには白身魚のフライのついたボリューミーでほっとする美味しいご飯だったけれど、頭も胃袋も「沖縄そば受け入れ態勢」になっていたわたしにはなんとも残念なできごとであった。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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