連載
アイランド・ホッパー
5 座間味島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 昼食のあとは帰りの船が来るまでのんびり島を散策することに。せっかく座間味まで来たのだもの、綺麗な海が見たいよねと、港の西側にある阿真(あま)ビーチへ。
 遠浅のビーチはほぼ無人。白く輝く砂浜の向こうに緑がかった薄青の海が広がっている。光のぐあい、水深によってその青がさまざまに変化する。波の音が優しい。いつまで見ていても見飽きることのない風景だ。M嬢と一緒に堤防に腰かけ、南国の日差しと風を楽しむ。ああなんて幸せな時間。締切り地獄をいっとき忘れ、こころの底からのんびり。だがそこにおおきな「落とし穴」があることに、翌朝わたしは気づくことになる。
 17時過ぎ、泊港に帰港。その足で「歩」に向かう。だがしかし。店頭には「本日売り切れ」の看板が。
「2日続けて振られました……」うなだれるM嬢。明日は午前中のツアーを終えたら真っ先に買いに来ようと言い合い、公設市場をあとにする。
 今夜こそ沖縄料理を食べるのだ。それも集英社文庫編集部イチ押しの店で。昨日から立て続けに振られている我われは鼻息も荒く店を目指す。到着したのは17時55分。開店が18時だからベストなタイミングだ。
 だがしかし。店のシャッターは固く閉ざされ、開店直前というのにひとの気配はまるきり伝わってこない。おかしい。思わず立ちすくむわたしとM嬢。
「……まさか今日も休みなんじゃ」
「そんなはずは。だって定休日は昨日でしたもん」
「じゃ、じゃあいわゆる『うちなんちゅ時間』で遅れてるだけかな」
「きっとそうです。待ちましょう」M嬢になだめられ、とりあえず店の前で開店を待つ。だが定刻の18時を過ぎてもまったく開くようすがない。M嬢がかけた電話にも誰も出ないという。理由はわからないが、どうやら今日も休みらしい。仕方がない。ガイドブックに掲載されている別の店へと移動を開始する。
「そこも定休日ってことはないよね」恐るおそる尋ねるわたしに、ガイドブックを睨んだM嬢が「大丈夫です。休みは年末年始だけって書いてありますから」太鼓判を押す。ほっとして向かった店の入り口は――入り口は、これまたシャッターで閉め切られ「本日、代休日」と書かれた黄色い紙がぺらり、風になびいていた。
「……年末年始しか休まないんじゃなかったっけ」ぼう然と問うわたしに、これまたぼう然と「年末年始の代休、ですかね……」M嬢がこたえる。
 もはや情報、あてにすまじ。とにかく沖縄料理を食すことが大事と、目についた居酒屋に飛び込んだ。
「あやうく沖縄料理難民になるところでしたね」席に着き、ほっとしたようにつぶやくM嬢。わたしは深く頷く。どうやら予感通り、今回の旅はつねに「あやうさ」と隣り合わせの運命らしい。

 注文したのは、島らっきょの浅漬けに海ぶどう(海藻の一種)、三枚肉を甘辛く煮つけたラフテー、青パパイヤイリチー(炒めもの)、そして麩を使ったフーチャンプルの5品。飲みものはオリオンビール、のち泡盛。
 ラフテーは五香粉がかすかに香り、豚のくさみを消している。むっちりした食感はお酒にもご飯にもぴったりだ。青パパイヤイリチーは形状、歯ごたえともに大根を思わせ、これまた沖縄名物のスパムがたっぷり入っているのが嬉しい。
「明日はホエールウオッチング、さらにオプションでパラセイリングもつけましたから」泡盛を、がぶり、飲み干してM嬢が言う。
「海上、そして空中からホエールウオッチングだね」わたしも杯を傾ける。一日歩き回って渇いた喉を、泡盛がここちよく潤してくれる。どこからか聞こえてくる三線(さんしん)の音。南国の夜は更けてゆく。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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