連載
アイランド・ホッパー
5 座間味島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 翌朝、ひどい倦怠感とともにわたしは目を覚ました。二日酔い? でもそんなに深酒した覚えはないし。ふらふらしつつバスルームに入り、鏡を見たわたしは驚愕した。顔が赤い。真っ赤っかだ。酒焼け? いや違うこれは日焼けだ。昨日無防備にもすっぴんで、しかもなんの紫外線対策もせずに行動したせいで、顔じゅうひどい日焼けをしてしまったのだ。
 だが乗らねばならぬ。飛ばねばならぬ。よたよたとロビーに下りると待っていたM嬢が悲鳴のような声を上げた。
「中澤さんッ、すごい顔ですよ! まだ酔ってますか、もしかして」
「いえこれは日焼けで」ごにょごにょと誤魔化すわたし。じっさい二日酔いも混じっている。
「船、乗れますか」心配そうなM嬢に、「乗れますとも。さあ行きましょう」とこたえ、三重城港に向かう。
 今日のツアーは那覇発着ということもあって、昨日よりも大規模だ。乗客はぜんぶで60人ほど。ざっと見たところ外国人観光客7割、といったところか。やはり釣り船サイズの船3隻に分乗し、クジラの待つ海へ出発。相変わらず気分は優れなかったが、まあ大丈夫だろうとこのときわたしは思っていた。昨日のツアーでもたいして揺れなかったし、今日は昨日より波穏やかだというし。
 だが甘かった。
 昨日座間味島で見たのは母子クジラ。子クジラが溺れないよう水深浅く、波も穏やかな海域で、言ってみれば児童公園のような場所だった。けれど今日ウオッチングするのは大人のクジラたちである。彼らが潜れるだけの水深の深いところ、つまり外洋まで出ねばならぬ。それは児童公園と週末深夜の渋谷センター街くらいの違いがあるのだ。

 荒れに荒れる海。揺れに揺れる船。最初のうち、はしゃいでいた外国人観光客もだんだん静かになり、さらにはあちこちで「うえっ」「おえっ」という声が上がり始める。見てはいけない。見たらつられてわたしも戻してしまう。冬の大波を受け、船はときに45度ほども傾く。滑る荷物、乗客の悲鳴。手すりに掴まっていないと海に落っこちてしまいそうだ。もはやM嬢の居場所もわからない。探そうと思って周囲を見回すが、船酔いにのたうち回る乗客ばかりが目に入る。「感染」の危険を感じたわたしは、ふたたびきつく目を閉じた。そうしてひたすら揺れに耐えること20分、ようやくクジラ2頭が船の横にあらわれてくれた。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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