連載
アイランド・ホッパー
5 座間味島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 大人のクジラだけあって、さすがにブロウもからだも大きい。波間にあらわれる黒ぐろとした山のような背中。尾びれをぴんと海上に立てるフルークアップダイブや、横向きになり長い胸びれを突き上げるペックスラップなど、さまざまなしぐさをまぢかで見ることができる。
 見慣れてくると、浮上するクジラを見つけられるようになる。それまで黒に近かった海面の色が、クジラが上がってくることで淡い緑に変わるのだ。その色彩の変化の美しさ。船酔いと二日酔い、ふたつの酔いに苦しみながらも陶然と見入ってしまう。
 2頭のザトウクジラは互いに適度な距離を保ちつつ、ときに並走し、ときに交差しつつ自由に大海原を泳ぎまわる。降りそそぐ南国の陽射しのした、はしゃぎ、陽気に遊んでいるようにそのすがたは見える。
 と、1頭の上げたブロウに虹がかかった。昨日スタッフの言っていたことばがよみがえる。「ブロウにかかる虹を見たひとは幸運に恵まれますよ」
 幸運。わたしは虹に向かって手を合わせる。どうぞこの気持ち悪さをなんとかしてください。もっとほかに祈るべきことがたくさんあるだろ、じぶんでじぶんにツッコミを入れながらも、とにかく体調の悪さをなんとかしたいわたしであった。
 へろへろ状態で帰港。予定ではこのあと別の船に乗り換え、ふたたび外洋に出てパラセイリングをすることになっている。
「飛べますか中澤さん」船酔いでこれまた青白い顔のM嬢が心配そうに尋ねる。幸いにも海に落っこちてはいなかったらしい。わたしはちからなく首を振った。キャンセルをお願いするM嬢の声を聴きながら目を瞑(つぶ)る。よかった。あやうく「撒き餌(え)空中大散布」をやらかしてしまうところだった……。

 その後、無事「歩」のサーターアンダギーもゲットでき、お昼は地元で人気の沖縄そばの店「楚辺(そべ)」で、柔らかい三枚肉の載った「楚辺そば」を食すことができた。弱った胃腸にあっさり塩味のそばがありがたかった。「あやうさ」とつねに隣り合わせの旅ではあったが、クジラには2度も会えたし、幸運の虹まで見ることができた。終わりよければ、ということにしておこう。
 さて今回のアイランド・ホッパー、「いつかホエールウオッチングをしてみたいという方へのアドバイス」をもって締めくくりとしたい。
 酔い止めを必ず飲むこと。冬とはいえ日焼け止め対策は万全に。そしていくら美味しくても前夜に泡盛を飲みすぎない。特に最後、大事である。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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