連載
アイランド・ホッパー
6 田代島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 6月初めの宮城県石巻市。梅雨入り前のいちばん気持ちのよい季節、石巻市の東南約17キロに位置する田代島、通称「猫の島」を探訪すべくわたしとM嬢は東北新幹線と仙石線を乗り継いでこの町にやってきた。初日は石巻に泊まり、翌日田代島で猫と戯れる。そのあと仙台に戻り、古くからの知人に東日本大震災の話を聞く――それが今回の旅の目的である。

 宿泊する「石巻グランドホテル」に荷物を置いたわたしとM嬢がまず向かったのは、市内中心部にある「つなぐ館」。震災の記憶を後世へと「つなぐ」ために設けられた小さな資料館である。聞けばこの資料館じたいが被災した建物なのだという。

 あの日、津波によって石巻中心部は2.2メートルの高さまで浸水したが、幸いにもこの辺りは石やコンクリートでできた建物が多かったため、なんとか崩壊は免れたそうだ。ただ家具が流されたり、瓦礫が入り込んだりして住みつづけることができなくなった家も多く、その一部を使ってこの「つなぐ館」が開設された。
 館内には震災当日からその後に至る町の写真や、市民の証言をもとに「津波が来るまでにじぶんはどのような行動を取ったか」を再現するCGが展示されている。この「行動記録」がとても興味深い。
「津波が来る」と知らされれば、まっさきに高台に上がるのが常識だろう。だがあるひとは職場から自宅に戻り、被害の状況を確認したあと避難場所である日和山(ひよりやま)には行かずふたたび職場に戻った。そこで津波に遭うが、2階に逃げ、事なきを得た。またあるひとはいったん日和山へ逃げたものの、まだ時間があると判断し、必要な物を取りに自宅へ帰ってしまった。最後は津波と競走するように走りに走り、ようやっとの思いで山へ辿り着いたという。同じような行動を取り、亡くなったかたもいると聞いた。
「……とっさの判断ってほんとうに難しいですね」M嬢がつぶやく。わたしはおおきく頷く。
 あとから「こうすべきだった」というのは簡単だ。けれど災害の真っ最中に「なにが正しいか」を見極めることはとても難しい。だが今回の「経験」を通じて「とにかく逃げろ」という意識は、ひとびとのこころに深く刻み込まれたのではないだろうか。もちろんわたしのこころにも。

「つなぐ館」を辞去し、日和山へ。石巻駅から南に徒歩20分、いちばん高いところで標高約56メートルというから、山というよりは丘である。それでも頂上に建つ鹿島御児(かしまみこ)神社まではかなりきつい上り坂で、日ごろ運動不足のわたしとM嬢はあっという間に息があがってしまう。情けない……。



1        次へ
 
〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
Back number
7 天草
6 田代島
5 座間味島
4 軍艦島
3 八丈島
2 礼文島
1 桜島