連載
アイランド・ホッパー
6 田代島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 神社からは旧北上川沿いに広がる河口周辺が見渡せる。川の河口部分を繋ぐのは日和大橋。緩やかなアーチ型をしており、海面からアーチのてっぺんまで18メートルの高さがある。この橋を目指して、震災当日多くの車が避難してきたという。だが津波はこの橋をも呑み込んだ。津波が去ったあと、橋に残った車はわずか数台。残りはすべて押し流されてしまった。巨大な橋を呑み込むほどの大津波――想像しようと試みる。だがなかなか実感が湧かない。それほどに今日の太平洋は凪いでいて、波頭ひとつ見当たらぬ静けさなのだった。
 日和山を下り、ホテルに戻ると折よく夕飯の時刻。案内された和食レストランにはテーブルいっぱいに石巻の海の幸が並んでいた。

 カレイの塩焼きはむっちりと身が詰まり、程よくのった脂が上品な白身の甘さを引きたてている。刺身はタイとシマアジ。こりこりした食感、舌の上でとろけてゆく旨みはこれぞ地の魚ならではの味わいだ。

「もはや日本酒しかあり得ない」とふたりの意見が一致して、選んだお酒は宮城県一迫(いちはさま)の金の井酒造が醸造する「綿屋」。酒好きの友人に「宮城に行くならこれを飲め」と仰せつかってきた地酒である。

 追加でオーダーしたホヤ刺しにたっぷりと大根おろしをまぶし、まず口のなかへ。きゅっと噛むと磯の味がじんわり広がって鼻へと抜けてゆく。その味わいが消えぬうちによく冷えた綿屋を口に含む。爽やかなのにしっかりした飲みごたえ。舌の上で転がすと、まさに「綿」のごとくふわりとした芳香がただよう。
 米と水、このふたつが揃った東北の酒は本当に美味しい。そして当然のことながらご飯もまた例えようもなく旨い。しかも今夜はぴかぴか光る銀シャリの上に、とろとろの刻みめかぶ、そして大粒のいくらがこれでもかと乗っかっている。これは箸が止まらない。止まるわけがない。
「ああっ糖質がこれでもかと攻めてくる!」
「日本酒にご飯っていちばん危険な組み合わせじゃん!」言い合いながらもご飯をかきこむわたしとM嬢だった。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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