連載
アイランド・ホッパー
6 田代島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 翌朝九時。旧北上川の河口にほど近い船着き場から高速船で田代島へ向かう。定員200名ほどの船内は工事関係者らしき作業着姿の男性たちと、我われのような明らかに「猫目当て」の観光客で半分ほどうまっていた。

「河口を出るまでは揺れますよ」とのアナウンス通り、ときに船はかなりの大波に乗り上げ、滑り落ちる。前回のホエールウオッチングがこれまでの「暫定一位」の揺れだとすれば、今回は間違いなく二位に入る。
「どうか二位のままでありますように」祈るわたしの横に座るM嬢の顔はすでに青白い。
「だいじょうぶ?」声をかけると、目を泳がせながら「だ、だいじょうぶです」とこたえる。
 わたしは知っている。M嬢の顔色の悪さが船酔いの恐怖から来るものだけではないことを。
 じつはM嬢「猫が怖い」のである。猫だけではなく犬もうさぎも、とにかく「毛の生えた生きものは全部ダメ」という筋金入りの「毛モノ怖がり」なのだ。そんなM嬢を「日本有数の猫の島」である田代島へ連れて行く。どれだけ怯えるだろうか。どれほど怖がるだろうか。見てみたい、ぜひこの目で。今回田代島を選んだ背景には、そんなわたしの「悪だくみ」がふんだんに混ぜ込まれてあった。ちなみにわたしはM嬢と真反対、大大大の猫好きである。

 河口を出たあとは揺れることもなく船は滑らかに石巻湾を渡ってゆく。50分ほどで田代島の仁斗田港に到着。島にはもうひとつ大泊という港があるのだが、まだ復旧作業が終わっておらず、使用できないという。
 面積3.14平方粁(平方キロメートル)というこのちいさな島の住民は約60人。対して猫は150匹というから倍以上人間より猫が多いことになる。桟橋ではさっそく黒猫がお出迎え。スマホやデジカメを手にした観光客が走り寄っていく。
 島内に足を踏み入れる。二手に分かれる道のとっつきに「→ネコ少ない←ネコ多い」という親切な看板が。なんだかラーメン屋で見かける「脂多め・少なめ」みたいで可笑しい。

 まずは島のちょうど中央に位置する「猫神社」に向かおうということになり、右「ネコ少なめ」方向に進む。少なめとはいえそこは猫の島、道の左右の民家の軒下に、模様も大きさもさまざまな猫たちが数匹ずつかたまって日向ぼっこをしている。

「可愛い! おーよしよしよし」まさに猫なで声でなでるわたしを、やや離れたところから見守るM嬢。

「M嬢、もっとこっちにおいでよ」誘うと「いえッだいじょうぶです! ここからでもじゅうぶん見えますッ!」声が裏返っている。猫たちもM嬢の発する「寄ってくんなオーラ」を感じ取ってか、一定の距離を保っている。摩訶不思議な共存関係だ。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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