連載
アイランド・ホッパー
6 田代島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 集落を抜けると左右に常緑樹の繁る林道に出た。緑の陰が濃い。吹いてくる風が汗ばんだからだにここちよい。
 猫神社まであと半分ほどというところで視界が急に開けた。1989年に閉校した石巻市立旧田代小学校である。現在は跡地に避難用ヘリポートが設置され、その脇、かつて校舎だった建物はこぢんまりした食堂兼土産物屋になっている。その名も「島の駅 田代島にゃんこ共和国」。食堂には牛丼中華丼に小うどん、さらには生ビールやケーキセットまで用意されていた。

「島に食堂はない」と聞き、わざわざ石巻のコンビニで食料を調達してきただけにちょっと悔しい。だが店の看板には「不定休」とあったので、昼食難民にならないためにも最低限の食べものと飲みものは用意して渡ったほうが賢明とみた。
 食堂を後にし、林道へと戻る。歩くこと数分、ようやく目指す猫神社が見えてきた。石造りの鳥居の向こうに、赤い屋根、白い壁の可愛らしいお社が建っている。本殿の前には参拝者が供えたのであろう、招き猫や猫の絵が描かれた石がたくさん並べてあった。

 鳥居の横には「縁起」を記した看板があり、「漁業が盛んな田代島では昔から猫を『大漁を招く縁起の良い生き物』として大切にしてきた。ところがある日、漁師が砕いていた石が猫に当たり、瀕死の重傷を負わせるという事故が起こってしまった。こころを痛めた漁師の総監督が、猫の安全と大漁を祈願してこの神社を創建した」という由来が書かれてあった。
 お参りを済ませ、来た道をぽくぽくと看板のところまで戻る。いよいよ「ネコ多い」地帯に突入だ。M嬢の顔はいよいよ青い。入り組んだ細い路地、瓦屋根の古い民家。広い庭に漁網が干してあり、間を埋めるように夏の花が咲いている。空は青く澄み、ちいさな島はまるで時間が止まったかのようなのどかさだ。猫でなくても木陰で昼寝をしたくなる。

「あ、ここから海が綺麗に見えますよ」旧郵便局前でM嬢が足を止める。畳2畳ほどのスペースに、観光客のためだろうか木の長椅子が設置してある。目のまえに広がるのは紺碧の石巻湾。透明度が高く、見下ろす波打ち際は底まで透き通って見える。
 持参したランチをここで食べることに。がさがさとレジ袋を開け、ミックスサンドを取りだす。と、「うッ」横でM嬢の息を呑む気配が。目を上げると、早くも食べもののにおいを嗅ぎつけた島猫たちがわらわらと集まってきている。その数ざっと5匹。きろんと丸い目玉が10個、わたしとM嬢を見つめていた。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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