連載
アイランド・ホッパー
6 田代島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

「わあ可愛い。あげたいけど、ここではエサやり禁止なんだよねー」言いながらサンドイッチをぱくつくわたしに「日菜子さん。この状況でよく食べられますね」異星人でも見るかのような目つきでM嬢が言う。
「だいじょうぶだよ。気を抜かなければ」
「そ、そんなこと言ったって……ひぎゃあ!」ものすごい悲鳴をM嬢が上げた。「いつのまにか新しい猫がうしろに、音もなくうしろにッ!」
 そりゃあそうだろう、元来猫は音を立てぬ動物である。どうやら猫たちはさっさと食べ終えたわたしに見切りをつけ、まだおにぎりがひとつ残っているM嬢に狙いを定めたようだ。円形に散らばり、じりじりと包囲網を狭めてゆく。ついにM嬢が白旗を挙げた。「無理です。これ以上食べられません」ちからなく言うと、残りのおにぎりをリュックに仕舞う。
「食べなよ。まだまだ歩くよ」促すも、「いえ、いいんです。どこか猫のいないところで食べますから」頑なに首を振る。この島に猫のいない場所なんてあるのだろうか。疑問に思いつつもつぎの目的地「MANGAあいランド」に向かう。

 この施設は、ちばてつや氏、里中満智子氏がデザインした猫型のコテージが散在するキャンプ場である。海に向かって開けたなだらかな緑の丘には太い樹々が植えられ、涼し気な木陰を作りだしている。朝、同じ船で来た観光客が数人、その木陰に寝そべり、気持ちよさそうに寝息を立てていた。そしてここにも猫、また猫。黒茶や黒が多い。ついで白黒、キジ柄、サバトラの順で、赤猫はほとんど見かけない。
「ここで食べたら。ほら水道もあるし」提案するも、M嬢は血走った目で辺りを見回すと「とんでもありません。ここ、さっきより猫が多いじゃないですか!」と叫ぶ。可哀そうに、嫌いなものだけによけい視界に入ってしまうのだろう。広大な海と空、樹々の葉を揺らす初夏の風――絶好のピクニックポイントにありながらもひたすら脂汗を流すM嬢。
 結局この日M嬢が残りのおにぎりを口にできたのは、桟橋近くの公衆トイレの陰だった。お疲れさまM嬢、そして楽しいひとときをありがとう田代島の猫たち。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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