連載
アイランド・ホッパー
6 田代島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 午後、メモ館を車で出発し、東部沿岸地域に向かう。ドライバーは八巻さん。目指すのは海岸沿いの荒浜地区。かつて約800世帯、2200人の人びとが暮らす集落があったところだ。だがあの日襲って来た大津波は集落を根こそぎ流し去り、186名もの尊い命を奪っていった。いま荒浜に残るのは仙台市立旧荒浜小学校のみ。現在、地区全体が災害危険区域に指定され、新たに居住することが禁じられている。そのなかにあって旧荒浜小学校だけが「震災遺構」として保存整備され「あの日」の、そしてそれ以前と以降の荒浜のようすを伝えるよすがとなっている。
 昨日とは打って変わって冷たい雨の降る中、荒浜小に詰める仙台市嘱託職員の山さんが校内を案内してくれた。


「荒浜小はちょうど海岸に対して直角に建っています。なので側面で津波を受けました。2階のベランダに波がぶつかった跡が残っています」説明され見上げると、確かにコンクリート製のベランダが跡かたもなく破壊されている。ぶ厚いコンクリをぶち抜いて、波は校舎に侵入したのだ。
「当時、児童、教員それに避難してきた地域のひと合わせて320人がこの小学校に避難していました。校長先生の判断で、ほぼ全員が4階もしくは屋上まで上がっていた。ただ車椅子のかた何名かが間に合わず2階の教室に残りました。幸い教室のドアを閉めていたおかげで津波をやり過ごすことができ、皆さん助かることができました」


 説明を聞きながら校舎に入る。1階にあるのは保健室や1、2年生の教室。かつては子どもたちの歓声が響き、描いた絵や書道作品で賑やかであったろう校舎はいま、天井が剥がれ、床は土台のコンクリが剥きだしという荒れ果てた姿に変わっている。山さんが当時の写真を示してみせる。
「1階には瓦礫とともに車が流れ込みました。ひしゃげた車が廊下の奥に垂直に押し込まれているのを見たときは『信じられない思いだった』と聞いています」
 車を縦に押し込むちから。津波の凄さは何度も聞かされていたけれど、実際現場に立つとその途方もない破壊力にただただ圧倒され、ことばを失ってしまう。
 階段を上がる。やはり津波が到達した2階は、1階ほどではないにしてもひどい損傷を受けていた。そして3階。このフロアは荒浜の歴史や小学校の思い出、そしてあの日に起きたことを分刻みで伝える資料室として公開されている。わたしの目を引いたのは、津波到達時刻である3時55分で針が止まったままの体育館の大時計。砂塵にまみれ、もう二度と動くことのない大時計が静かに、けれどもどこまでも深く見る者のこころを打つ。
 未公開の4階を通り過ぎ、屋上へと向かう。あの日、雪の舞うなか大勢のひとが救助を待った場所だ。




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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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