連載
アイランド・ホッパー
7 天草 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 館のハイライトはなんといっても天草・島原の乱。
 時に寛永14年(1637)10月25日、島原の有馬村で重い年貢とキリスト教弾圧に対する不満がついに爆発。農民たちは16歳の少年・天草四郎を総大将として決起し、海を越え、島原半島から天草上島へと進軍を始める。道々勢力を増やしながら幕府軍と戦い、下島へと進むが、西海岸北端の富岡城の攻略に失敗し、ふたたび島原へ。海に面した原城に、女性や子どもを含む3万7千人もの人びとが3か月にわたって籠城し幕府軍と戦うも、寛永15年(1638)2月28日、総攻撃を受け、全員が討ち死にするという悲劇的な結末を迎えてしまう。乱後、事態を重く見た幕府は弾圧を強め、生き残ったキリスト教徒たちは密かに信仰をつづけることとなる。隠れ(正式には潜伏)キリシタンの始まりである。
 過酷な弾圧のなか、彼ら隠れキリシタンたちは、さまざまな工夫を凝らして信仰を後世へと伝えてゆく。
 例えば「マリア観音像」。一見、子どもを抱いた観音像に見えるのだが信徒たちは幼子をイエス、そして観音を聖母マリアになぞらえ、日々祈りを捧げた。他にも仏像を台座から外すと十字架があらわれる「隠し十字仏」や、十字を刻んだ天秤棒など知恵を絞って作り上げた祈りの道具が多数展示されている。
 なかでもわたしとM嬢が驚いたのが「経消しの壺」である。高さ30センチほどのなんの変哲もない茶色い壺なのだが、じつはこの壺、信徒の葬式のときに重要な役目を果たす。
 信徒が亡くなると、当然仏式の葬式をあげなくてはならない。だが「仏教では天国に行けない」と信じる隠れキリシタンたちは、僧侶がお経を唱えるさい、隠れ部屋に水方(司祭)を潜ませ、呪文を唱えながらお経をこの壺に封じ込めてもらった。壺のなかには聖水が満たされ、なかにはロザリオが吊るしてあったという。そうして死者が天国へ行けるよう、祈りを捧げたというのである。なんという知恵と執念であろうか。
 人びとの揺るぎなき信仰心に圧倒されつつ「キリシタン館」をあとにする。明日からの大江、ア津訪問にますます期待が高まるひとときであった。
 ホテルに荷物を置き、ひと休みしてから館内のレストランへ。これまた楽しみにしていた「天草ご飯」の時間である。テーブルにぎっしり並ぶ天草の海の幸、山の幸を見て日本酒党のM嬢の顔が輝く。
「これはもう冷酒しかないでしょう!」というわけで本醸造「天草四郎」をオーダー。わたしは生ビールで乾杯。

 お造りは鯛にかんぱち、きびなご、そして蛸。天草特産の蛸は肉厚で、噛(か)むとしっかりとした歯ごたえを残しつつ旨みがじんわり口のなかに広がってゆく。活き鮑(あわび)とサザエは網焼きで。半生に焼けたところを白トリュフバターと天然塩をちょいとつけていただく。炙った鱧(はも)は鍋仕立てに。ほどよく脂が抜けて上品な甘さだ。肉は地場の天草梅肉ポーク。こくのあるトマトソースで煮た塊肉は、箸を入れたとたんに、ほろりとほどける柔らかさ。とろろ汁に鯖河豚(さばふぐ)の味噌汁、ご飯に香の物、デザートの柚子の葛饅頭まですべてたいらげ大満足。天草がいかに豊かな島であるか、舌で堪能した夜であった。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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