連載
アイランド・ホッパー
7 天草 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 翌朝は小雨のまじる曇天。ホテルのロビーで今回の旅の助っ人である青木さん、松浦さんと落ち合い「はじめまして」のご挨拶。青木さんはわたしと同年代の、明るくて気さくそうなかた。従兄弟である松浦さんは我われよりもかなり年上で、さすが大庄屋の八代目、思わず「へへーっ」と平伏してしまうような貫禄と落ち着きを持った男性だ。とはいえチャーミングな笑顔や時おり放つジョークが温かいお人柄をしのばせる。松浦家では当主を引き継ぐと同時に「四郎」を襲名するそうで、つまり松浦さんは「八代目松浦四郎」ということになる。ちなみに襲名するまえは実名を名乗る。「四郎」は通称、とでもいえばわかりやすいだろうか。
「ではさっそく行きましょう」
 松浦さんの愛車に乗せてもらい、いざ出発。天草下島の東側にあるホテルから島を横断して西海岸へと向かう。車内では青木さんと松浦さんが地元のかたならではの「生きた」話を聞かせてくださる。
 ちなみに松浦さんのご先祖は大江の地役人、つまり隠れキリシタンを取り締まる側である。毎年春には屋敷の庭で「絵踏み」も行われていたという。とはいえちいさな集落のこと、「あの家はキリシタンだ」とわかってはいても公然の秘密として穏便に済ませていたそうだ。
「女性のほうが棄教しないんですよ。こうと決めたら動かん。だから、キリシタンの奥さんが夫を改宗させたりね。で、逆に奥さんに逃げられたから棄教したなんて話もあります」松浦さんの話に深く頷く我われ。確かに女は図太い、いやタクマシイのだ。
「農民一揆というと弱い者たちのようにも思えますが、武士や浪人なども交じっていてかなり荒っぽいこともしたんです。進軍の途中、脅しながら人びとを軍勢に加えたり、味方にならないと15歳以上は皆殺しにしたりね」
 そうだったのか。確かにわたしのなかにも「一揆勢=弱いもの」という図式があった。歴史は一面的には語れないのだなあと改めて感じる。松浦さんの話はつづく。
「日本人には『八百万(やおよろず)の神さま』の意識があるでしょう。だから天草でもキリスト教は『新しい神さまのひとりね。いいんじゃない』といったくらいの気持ちで受け入れられたんです。それに遠いヨーロッパから渡ってくる神父さんは一生国に戻らず布教をつづけた。つまり故郷や家族を捨ててまでこの地にやってきたわけです。だからこそ尊敬を集めた。捨てるものが多いほど人びとに尊敬されるんですね」
 捨てるものが多いほど人びとに尊敬される。その気持ちは時代を越え、現代のわたしたちにも共感できるものだと思った。
 貴重なお話を伺ううちに西海岸に突き出た荒尾岳山頂に到着。「高所からまず地理を把握してほしい」という松浦さんの提案による。眼下に広がる鈍色の海。あいにくの小雨模様で視界が悪く、洋上に浮かぶ島影がぼんやりとしか確認できない。

「向かって右が富岡。一揆勢が攻略できなかった富岡城のあるところです。晴れていればその奥に島原半島が見えます。そして左手は大江、ア津。さらに向こうが甑島(こしきじま)」松浦さんの説明で、おおよその地理が把握できた。



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〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は「ニュータウンクロニクル」(光文社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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