連載
アイランド・ホッパー
8 直島 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 旅に出る前日、わたしは都内で友人と「IT」というホラー映画を観ていた。
 怖かった、悪夢だよねと友人と言い合いつつ映画館を出、スマホの電源を入れる。アイランドホッパー担当M嬢からメールが何通も来ていた。明日の連絡かしらと思いつつ内容を読む。
『Mです。実は昨夜から高熱が出ており布団から一歩も出ることができません。とりあえずひなこさんだけで行ってください。すみません!』(原文ママ)
 まじですか……超方向音痴のわたしが初めての土地へシングルホッパー……ある意味「IT」より怖い。そんなホラーな気分で、アートの島・直島(なおしま)への旅は始まったのだった。

 翌朝、9時50分東京駅発の新幹線で岡山駅へ。そこからフェリーの出る宇野港へ向かう。2時過ぎ、まだ夕暮れにはほど遠い時間だが、厚い雲の垂れこめる宇野港は薄暗く、乗客も少なくて寂しい。とはいえ仕事だ、ひとりでがんばるぞと気合いを入れ船に乗り込む。定員450名のフェリーは定刻の2時25分、静かに岸壁を離れた。
 瀬戸内の海は暗い青。穏やかでさざ波ひとつない。多島海だけあって手を伸ばせば届きそうな位置に幾つも島があらわれる。20分の船旅で直島は宮浦(みやのうら)港に到着。なにはともあれ目的の島に辿(たど)り着けてほっとひと息。厚かった雲が切れ、薄い初冬の青空に顔を出した太陽にさらにほっとする。さあ今日から3日間、アート作品を堪能しよう。

 港ではさっそく草間彌生作「赤かぼちゃ」が出迎えてくれる。真っ赤な地に大小の黒い水玉模様がちりばめられた巨大なかぼちゃのオブジェは、高さ3.95メートル、直径6.96メートルほどの大きさで、内部はくり抜かれ、壁に開いた丸い穴からなかに入れるようになっている。内側は黒一色。床には20センチくらいの円が点々と穿(うが)たれ、円に仕込まれた電灯が赤と薄い黄色の光を放っている。鑑賞するだけでなく体験もできる。現代アートの素晴らしさのひとつだろう。
「赤かぼちゃ」を後にして、次はアーティスト・大竹伸朗が手掛けた銭湯、その名も「I♥湯」へ向かう。「I♥湯」……いっそ潔い名称ではあるまいか。



 
〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は『Team383』(新潮社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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