連載
アイランド・ホッパー
9 壱岐 中澤 日菜子 Hinako Nakazawa

 9島めとなる今回のアイランドホッパー、目的地は長崎県の壱岐(いき)。本州と対馬(つしま)に挟まれた離島で「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に「一支国(いきこく)」と記され、その王都と特定された「原(はる)の辻遺跡」が有名な島である。また麦を原料とした壱岐焼酎や、黒毛和牛・壱岐牛の産地としても知られる。
 もともと古代史が大好きで、しかも麦焼酎のファン、さらには肉好きのわたしにしてみれば天国のような島である。しっかり予習をし、友人のつてで壱岐市役所観光課の篠崎さんという方に2日間、案内をお願いすることができた。しかも地元の人でも予約を取りにくいと評判の居酒屋「旨勘(うまかん)」までその友人の厚意で席を確保。
 万全、盤石、完璧。そんな熟語が脳裏をよぎる。
 だが現実は甘くはなかった。
 壱岐に飛ぶ前日、3月20日の朝、旨勘の女将さんから連絡が入った。
「荒天で博多からのジェットフォイルが欠航しています。たまたま島外に出ていたわたしも本日の帰島はできませんでした」
 そう、春うららのはずの3月なかば、爆弾低気圧が日本全土を襲い、なんと東京も最低気温8℃という真冬並みの寒さ。とはいえ飛行機が欠航することはあるまい。とにかく明日博多まで飛んで、あとは運を天に任せるしかない。覚悟を決めたそのとき、風邪気味で病院を受診していた次女から一通のLINEが。そこにはたった一言「インフルだった」――
 万全盤石完璧ががらがらと崩れていき、がれきのなかから今度は想定外、不安「まじやばいかも」といったことばが立ちのぼる。
 翌朝、相変わらずの冷たい雨と風のなか羽田から空路福岡へ向かう。到着した福岡空港も雨風が激しい。手荷物引き取り所で合流した担当編集・M嬢に暗い顔で「今日のジェットフォイル、欠航が決まりました。よって今晩は博多泊まりです」と告げられた。
 もしかしたら9島めにして、ついにアイランド・ドントホッパーになるのか!?
 だが相手は天気だ、考えてもどうにもならない。博多市内に移動し、急きょ予約した宿にチェックイン。
 さて夕飯までの3時間、どうやって過ごそう。ホテルで入手した福岡のガイドブックを広げる。ぱらぱらとページをめくっていると金印の写真が目に飛び込んで来た。教科書に必ず載っている「漢倭奴国王」と刻まれたあの金印だ。写真はなんども見たことがあるが、本物にお目にかかったことはない。よし、金印の展示されている福岡市博物館に行ってみよう!
 地下鉄を乗り継いで博物館へ。2階の常設展示室に足を踏み入れると、暗がりのなか、ライトアップされた金印がいきなりのお出迎え。さすが国宝、金印だけで1部屋占めている。
 金印の大きさは1辺2.34センチ、重量は108.7グラム。想像していたよりもだいぶ小さい。大きめのキャラメルにつまみをくっつけた感じだ。だが輝きは本物。ライトを受け、まさに黄金色に輝いている。鈕(つまみ)は前進する蛇が鎌首をもたげて振り返るかたち。蛇鈕(だちゅう)というそうだ。ガラスケースの底面に鏡が取りつけてあり「漢倭奴国王」の文字を読み取ることができる。
 金印が発見されたのは1784年、博多湾に浮かぶ志賀島(しかのしま)。農民が畔(あぜ)を補修している際に偶然見つけたものだという。中国の史書「後漢書」に「西暦57年、後漢の光武帝が倭の奴国の使いに授けた」という記載があり、それこそがこの金印だと考えられている。
 そんな大切なものがなぜ島の、しかも遺跡でもなんでもないところに? よほどの事情があったに違いない。たとえば奴国が他国に襲われた際に王族が持って逃げたとか。あるいは賊によって盗み出され、あとで取り戻しに来るつもりで埋めたとか。
 あっという間に閉館まであと30分となる。一支国に繋がる時代を中心に駆け足で巡る。多くの出土品や遺跡によって古来より福岡の地が大陸から朝鮮半島を通じ、人とものの交差する要衝であったことがよく理解できる。



 
〈プロフィール〉
中澤 日菜子(なかざわ ひなこ)
1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学 文学部卒業。日本劇作家協会会員。
2013年に『柿の木、枇杷も木』で第八回小説現代長編新人賞を受賞。翌年タイトルを『お父さんと伊藤さん』に改め同作で小説家デビュー。16年映画化された。最新刊は『Team383』(新潮社刊)。2017年11月号より小説すばるで長編小説「石灯る夜」を連載中。
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