連載
雪とタンチョウと釧網本線
第一章 釧路湿原 西村京太郎 Kyotaro Nishimura


 小柴敬介は、現在四十歳。まだ独身である。これといった趣味は無いが、しいて言えば旅行とカメラだろう。カメラの方は、十数年の歴史を持っていて専門雑誌に時々自分が撮った写真を投稿し、それが新人賞を貰ったりする事があるので、アマチュアカメラマンとしては名の通った方である。
 いつも二月になると、小柴は、一週間の休暇を取ってひとりで、北海道に旅行した。友人には、北海道なら緑の季節が良いんじゃないか、わざわざ寒い時期に行くことはないだろうといわれるが、そんな時には、
「寒い所ほど、寒い季節が一番美しいんだよ」
 と答えることにしていた。半分は、本当である。特に、雪に覆われた季節の北海道は美しいと小柴は思っていた。ただ半分は、個人的な理由だった。今年も二月に休暇を貰って、真冬の北海道に出発した。

 小柴が、特に、愛着があるのは、北海道の中でも道東である。道東というと、北海道の東部で世界遺産になった知床半島があり、摩周湖や屈斜路湖が有名だが、小柴がよく行くのは、釧路湿原だった。今年の三月二十六日から、北海道に北海道新幹線が乗り入れる事になったが、しばらくは、函館までしか行かないので、道東の釧路に行くにはやはり、飛行機が一番早い。そこで今年も小柴は、羽田から釧路行きの飛行機に乗った。
 今年も暖冬気味で、東京にはまだ、雪が降らないが、全日空で、釧路空港に着いてみると、空港の端々には大きな残雪の山が出来ていた。そして寒い。小柴は空港から出ているバスで、釧路駅に向かった。
 まっすぐ釧路駅に急いだのは、釧路発の『SL冬の湿原号』に乗る為だった。『冬の湿原号』と名付けた季節限定のSLで、途中の標茶までの運行である。『冬の湿原号』は、C11型蒸気機関車が、五両編成の客車を索引する。釧路駅から釧網線で北へ向かう。五両編成の客車は全席指定で、座席の数は二百八十である。去年も、乗りたかったのだが、切符が手に入らなかったので今年は、前もって切符を買っておいたのだ。
 今日は二月のウィークデーだが、それでも釧路駅のホームには『SL冬の湿原号』に乗る為に、大勢の観光客が、集まっていた。フロントにつけた標識には「C11 171 SL冬の湿原号」と書かれ、タンチョウのマークが描かれていた。SL自体も見応えがあるが、五両編成の客車も楽しい乗り物だった。座席は全て、四人が向かい合うボックスシートでシートの下には、暖房が効いているのだが、各車両にだるまストーブが焚かれていて、車内販売で買ったスルメを、焼くのも楽しいものだった。二号車は、五両編成の中では「カフェカー」と呼ばれ、車内販売のカウンターが置かれていて様々なグッズや、駅弁も売られていた。



1       次へ
 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 雪の日のタンチョウ(最終回)
第六章 幻のタンチョウ
第五章 事件の予感
第四章 レントゲンの影
第三章 釧網本線2
第三章 釧網本線
第二章 身代金一千万円2
第二章 身代金一千万円
第一章 釧路湿原2
第一章 釧路湿原