連載
雪とタンチョウと釧網本線
第二章 身代金一千万円2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 中年の男の死体が見つかったのは、地下にある小田急線新宿駅のホームである。そこは、箱根行きの特別急行が、出発するホームでもあった。
 十津川がホームに入っていくと、すでに、到着していた亀井刑事たちが、彼を迎えた。
「問題の男は、このホームで死体で発見され、現在、遺体は、駅長室に運ばれ、そこに、安置されています。どうやら、青酸中毒死ではないかと思われます」
 と、亀井が、いう。
「とにかく死体が見たい」
 と、十津川が、いい、駅長室に、入っていった。
 それほど広い駅長室ではない。そこに男の死体が、置かれていた。
 男の顔を、一目見るなり、十津川には、間違いなく、小柴が撮った写真の男であることが分かった。
 年齢は四十歳から五十歳、痩せた長身の男である。薄い髪を、七・三に分け、きちんと背広を着ている。そして、背広の胸には、バッジをつけていた。
(問題の男と考えて、間違いないだろう。しかし、どこかおかしい)
 と、十津川は、思った。
 今日の午前中、十津川は秋葉原で、3D企画の社長、江崎健四郎に会った。江崎社長も、そこで、働く社員たちも、胸に3Dのバッジをつけていたが、そのバッジと、今、死体となって、十津川の目の前で横たわっている男がつけているバッジとは、どこかが、微妙に、違っているのだ。そのため、十津川は、どこかがおかしいと、感じたのだ。
 十津川は、かがみ込んで、中年男の死体に顔を近づけた。たしかに、アーモンドの臭いがする。亀井がいっていた通り、司法解剖の結果を待つまでもなく、明らかに、青酸中毒死である。
 そばのテーブルの上には、彼の所持品が、並べてあった。
 腕時計、携帯電話、財布(中身は二万八千円)、ハンカチ、小田急線新宿駅の入場券、キーホルダー、そして、運転免許証があり、そこにあった名前は、村上邦夫、年齢は、四十五歳とある。
 運転免許証にあった住所は、世田谷区下北沢である。
 しばらくすると、所轄の新宿署から、鑑識係がやって来て、死体の指紋を採取したり、写真を、撮ったりし始めた。
 十津川は、忙しそうに動いている鑑識係の一人を呼び止めると、
「被害者が持っていた、この駅の入場券だが、特に、指紋をしっかりと採っておいてくれ」
 と、頼んだ。
 その後、死体は司法解剖のために、大学病院に運ばれていった。
 死体を見送ってから、十津川は、3D企画の社長、江崎健四郎に電話をかけた。
「小田急線の新宿駅のホームで、男が一人、死んでいるのが発見されました。事故では、ありません。おそらく、何者かに、殺されたのだと思います。その被害者ですが、今朝、そちらにお伺いした時、お宅の会社の社員かどうかを、調べていただきたいとお願いしておいた、その男でした。背広の胸に、お宅の会社の社員証と思われるDを三つ並べた、バッジをつけていたので、これが本物かどうかを、至急調べていただきたい」
「分かりました。松本という人事部長をすぐに、行かせましょう。小田急線の新宿駅ですね」
「そうです。小田急線の新宿駅です。お待ちしています」



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 雪の日のタンチョウ(最終回)
第六章 幻のタンチョウ
第五章 事件の予感
第四章 レントゲンの影
第三章 釧網本線2
第三章 釧網本線
第二章 身代金一千万円2
第二章 身代金一千万円
第一章 釧路湿原2
第一章 釧路湿原