連載
雪とタンチョウと釧網本線
第三章 釧網本線2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 三月三日、快晴である。
 北海道は、三月になっても猛吹雪に、襲われることがある。何しろ、四月になっても、吹雪くことがあるのが、北海道なのだ。だから、三月三日の晴天は、この時期としては、珍しかった。
 釧路市内のホテルで、三人は、早朝に目を覚ました。
 食堂で三人で、朝食を食べていると、小柴のケータイに、犯人から、電話が入った。
「先日も指示したように、今日、間違いなく、午前九時三分釧路発の『快速しれとこ』に乗れ。もし、この指示に逆らえば、及川ゆみとは、永久に会えなくなるぞ。そのことをよく覚えておけ」
 男の声が、脅かすように、いった。
 三人は、それぞれ、緊張した表情で、釧路駅に向かった。十津川にしても、今度の事件に、関係するようになってから、今日は、いちばん緊張した気持ちだった。
 見慣れた、といっても、まだ二回しか見ていないのだが、地下一階、地上五階の、いわゆる民衆駅といわれた釧路駅である。できてから五十年経っているというが、オシャレなカフェもあれば、レストランもある。そば屋もあるし、土産物を売っている店もある。そして、旅行案内所もある。
 ホームには、まだ、犯人の指定した「快速しれとこ」は、入っていなかった。
「釧網本線というのは、釧路と網走の間百六十六・二キロメートルをつないでいる路線なんだが、駅が二十七あって、そのうちの二十一駅までが、無人駅だそうだ」
 と、弁護士の若柳が、いった。
「君は、どうして、そんなことを、知っているんだ?」
 と、小柴が、きく。
 若柳は、小さく笑って、
「実は、君たちには黙って、昨日ホテルを抜け出して、釧網本線に乗ってみたんだ。どんな場所が、あるいは、どの駅が、危険なのか、犯人が、仕掛けてくるとすれば、どの辺りか、それが、知りたくて、君たちには黙って、勝手に動いてしまった」
 と、いうと、今度は、十津川が、クスリと笑って、
「実は、私も、昨日早朝、ホテルを、抜け出して、この釧網本線を、往復してみたんだ。少しでも、犯人の動きを、予想してみたくてね。それで、分かったんだが、釧網本線というのは、完全な、観光路線だね。終点の網走も、こちらの始発駅の釧路も、観光都市だ。そのほか、百六十六・二キロの周辺には、釧路湿原があるし、摩周湖もある。さらに途中で降りれば、カヌーを操って釧路川を、往復することもできる。運がよければ、列車の中から、タンチョウヅルやエゾシカを見ることもできる。昨日は、運がいいことに、キタキツネを見ることができたよ。若柳がいったように、ほとんどの駅が、無人駅だから、犯人がその駅にいても、彼を、駅員が見とがめるということはないから、安心して、私たちを迎えるだろう。そんな気がした」
「これは釧路駅で、駅員から聞いたんだが、釧網本線というのは、本来は、網走が始発駅で、今、われわれがいる、釧路駅は終点らしい。だから、網走発釧路行きの方が、下りなんだ。今度、われわれが乗ることになっている『快速しれとこ』は、上りの、列車ということになってくる」
 若柳が、いった。
「そうなのか、君も昨日、われわれに黙って、この釧路駅に来て、釧網本線に、乗ってみたのか」
 と、小柴が、笑った。
「そうなんだ。君たちを、誘おうかとも思ったのだが、疲れているだろうと思って、私は一人で、釧網本線に、乗ってくることにしたんだ。ところが、何のことはない、若柳も、私と同じ気持ちで、抜け駆けをしたんだな。別に悪い意味での、抜け駆けじゃないが」
 と、十津川が、いった。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 雪の日のタンチョウ(最終回)
第六章 幻のタンチョウ
第五章 事件の予感
第四章 レントゲンの影
第三章 釧網本線2
第三章 釧網本線
第二章 身代金一千万円2
第二章 身代金一千万円
第一章 釧路湿原2
第一章 釧路湿原