連載
雪とタンチョウと釧網本線
第四章 レントゲンの影 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 東京に戻った十津川を追いかける様に、小柴から連絡が入った。
 現在、及川ゆみが入院している釧路の病院では、これ以上の治療の方法が見つからず、東京の飯田橋にある中央病院に移したという報告だった。
 警視庁に帰って来た十津川には、及川ゆみが間違いなく中央病院に入ったという事の確認を取る時間の余裕が無かった。都内で起きた殺人事件の捜査が待っていたからである。幸い、東京足立区で起きた殺人事件は、犯人が自首してきた為に、あっという間に解決してしまった。
 それを待っていたかの様に、小柴と若柳の二人が、警視庁に十津川を訪ねてきた。
 二人とも疲れた顔をして、元気が無かった。釧路から釧網本線に乗り、及川ゆみがいた駅の周辺を調べて回ったのだが、とうとう、及川ゆみの足跡は、見つからなかったという。
 三人は、飯田橋駅へ向かった。中央病院の見舞いの時間が、三時からなので、駅前のカフェで、三人で今後の事を話し合う事にした。
 とにかく小柴が、何かを話したがっている感じで、彼が真っ先に、カフェに入っていった。
 小柴は、三人のコーヒーを注文した後で、
「例の、及川ゆみのコートのポケットに入っていたフィルムの破片があっただろう? あれをうちの研究所に渡して、調べて貰っていたんだ。そしたら今日、報告があった。薄いフィルムなんだが、その中に風景が二重になって、写っているそうだ。普通のカメラだったら、二回写せば二重になる。だけど立体的にはならない。ところが、あのフィルムの破片の場合は、一つの目標に向けて、一回、二回、三回とシャッターを押すと、フィルムに写したものが、次第に立体になっていくとわかったというんだ。ただ、このフィルムに合うカメラの構造はわからない。フィルムが、三十五ミリカメラの大きさなら、色メガネを使わなくても、立体的に見える。少なくとも、立体感が十分だといっているんだ」
「それで、なぜ、そんなフィルムの破片がポケットに?」
 と、十津川が、きく。
「七年前に彼女が釧路湿原で誘拐された。あの頃、彼女は、うちの会社に所属するモデルをやっていた。その頃、多くのカメラメーカーで、色メガネを使わずに、立体に見えるカメラを作ろうとして、必死だった。ところが、3Dプリンターの方は、やたらに新製品が出てきて、今なら、五万円前後の安い3Dプリンターだってある。大抵がアメリカ製だが、うちの会社にも二十万円前後の3Dプリンターが、置いてある。それなのに、3Dカメラの方は、これはという新製品が出てこないんだよ。日本もアメリカも、ドイツも、必死になって3Dカメラを開発している。それも、五万円前後の値段で性能のいい3Dカメラが出来たら、たちまち世界中のカメラ市場を、席巻するだろうと、いわれている。そんな時に、3Dのフィルムの方が見つかったんだ。それも、彼女のコートのポケットから見つかったんだ。ということは、彼女を誘拐した相手も、うちと同じ様にカメラメーカーで、3Dカメラを開発している会社に思えるんだよ。及川ゆみは、うちの会社でカメラのモデルをやっていたので、うちの会社が、どの程度技術的な進歩をしているのか、それを知りたくてライバル会社は、及川ゆみを誘拐したんだと思う」



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 雪の日のタンチョウ(最終回)
第六章 幻のタンチョウ
第五章 事件の予感
第四章 レントゲンの影
第三章 釧網本線2
第三章 釧網本線
第二章 身代金一千万円2
第二章 身代金一千万円
第一章 釧路湿原2
第一章 釧路湿原