連載
雪とタンチョウと釧網本線
第五章 事件の予感 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 左乳房の切開手術は、慎重に行われた。十津川と小柴、そして若柳の三人はその結果をじっと待った。手術は四時間ほどで終わり、三人は医者に呼ばれた。その場で医者が見せたのは、超小型の発信機だった。
「通信機ですか?」
「受信装置も、付いていると思うのですが、こういう器機には私は詳しくないので、そちらで調べて下さい」
 と、医者が、いった。
「これを乳房から、取り出してしまって、彼女の身体は何ともありませんか?」
 と、小柴がきく。
「元々、ガンのない部分を切開して、この器機を、埋め込んだわけですから、取り出しても患者の身体には、何の悪影響もありません」
 と、医者がいった。
 そこで十津川が、問題の器機を科捜研に持って行って、調べて貰うことにした。
 その結果を持って病院に帰った十津川は、小柴と若柳の二人に、科捜研の調査結果をそのまま伝えた。
「科捜研の話では、超小型の盗聴器だそうだ。録音する機能が付いていて、外から電波を送ると、更に、録音した音声をそのまま発信する。先日、この病院に忍び込んだ男は、それまでに、この器機が録音したものを、自分の受信機に、受け取るために忍び込んだんだ。ただし、受信する範囲と、発信できる距離は共に、十メートルだそうだ。だから、受信の場合は、病室の中ぐらいが丁度で、われわれが、病室の中で話している会話は、全て完全に録音されていた。ただ、それも聞き取る場合も、十メートルの壁があるから、仕掛けた犯人も、病院の外から受信は出来ず、病室に入って来なければならなかったんだ」
 十津川が、その器機に電波を送ると、とたんに、病室に寝ている及川ゆみの傍で、十津川たちが、話している声が、はっきりと聞こえてきた。
「多分、これを仕掛けたのは、小柴が働いている大東電気のライバル会社だよ。大東電気が研究・製造している3Dカメラについて、どの程度、進んでいるか、知りたかったんだろうね」
 と、若柳が、いい、十津川は、
「この病院に、小柴が、見舞いに来るのを予想して、及川ゆみの身体の中に、受信機を埋め込んだんだ。それなら、怪しまれないだろうと思ったんだよ」
 と、いった。
「とにかく、こんなものは、彼女の身体から取り外して、ほっとしたじゃないか」
 と、若柳が、いった時、突然、小柴が、
「ちょっと、待ってくれ!」
 と、強い口調で、いった。
 十津川が、小柴を見た。さっきから、小柴の様子が、尋常ではないことに、気付いていたからだった。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 雪の日のタンチョウ(最終回)
第六章 幻のタンチョウ
第五章 事件の予感
第四章 レントゲンの影
第三章 釧網本線2
第三章 釧網本線
第二章 身代金一千万円2
第二章 身代金一千万円
第一章 釧路湿原2
第一章 釧路湿原