連載
雪とタンチョウと釧網本線
第六章 幻のタンチョウ 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 十津川は、事件が終局に近づいていることを感じた。それは刑事としての十津川の勘であり、また、小柴の友人としての心配でもあった。
 3D企画の江崎社長、その隠れた秘書である香取が、田舎じみた芝居で、社長のご機嫌を損ねてクビになり、それに腹を立て、酔っ払って社長の悪口を、いっている。
 これは、どう考えても、芝居である。香取という危険な男が、江崎社長と別れたという芝居である。
 ヘタな芝居だがそれを周囲に見せているのは、香取が、これから、何かを仕出かそうとする魂胆があるに、違いないと、十津川は、受け取った。
 香取は、こちらが仕掛けた罠にはまって、録音したものを、そのまま信じて、それを、社長の江崎に、伝えたに違いない。十津川たちの打った芝居を見破っていれば、江崎社長が、香取をクビにするような、ヘタな芝居は打たないだろう。
 とすれば、十津川たちの仕掛けた罠は、二つの点で成功したのだ。
 一つは、大東電気が、ICの会社、サクラ精機との、事業提携をしようとしているという話である。そちらの方は、たぶん、調べて、単なる噂だと分かっただろう。これは、それでいいのだ。
 問題は、アメリカで、発見された薬の方である。その薬が、どれほどの、効果があるものなのか、十津川にも、小柴、若柳にも分かっていない。
 ただ、それだけに、3D企画の江崎社長が受けた不安は大きかったに違いない。
 もし、その薬を、精神の壊れた及川ゆみに投薬して、治療に成功したら、及川ゆみが誰に誘拐され、今までどこに監禁されていたか、どんな人間たちと、接触していたか、それが分かってしまう。それは、江崎社長にとっても、香取にとっても、恐怖に違いなかった。
 だとすれば、江崎社長が、形だけ香取をクビにしたあと、この話を、ぶちこわし、自分たちを安心させろと命令したに、違いない。
 しかし、江崎社長には、その薬が、及川ゆみに、投与されるかどうかは、分かっていないだろう。こちらとしても、もう一押しする必要を感じた。
 そこで、十津川と小柴、そして、若柳が、最後の芝居を打つことにした。
 幸い、「医事タイムス」の社長が、こちらの頼みを、引き受けてくれて、翌日、中央病院に「医事タイムス」の記者二人を、寄越してくれた。
 そして、及川ゆみの病室で、小柴と若柳の二人が、会って、あらかじめ示し合わせておいた通りの、芝居をした。
 問題の薬が、密かに、日本に輸入されているという話、小柴が、その薬を恋人の及川ゆみに、投与しようとしていること、そうした話を、芝居としてやった後、二人の雑誌記者は、中央病院を出ていったのだが、会社に戻る途中で突然、大男に、捕まってしまった。
 もちろん、その大男は、香取である。
 二人の記者のうち、一人は逃げて、警官を呼んだが、もう一人は、逃げられずに香取の運転する車に、連れ込まれ、殴られた挙げ句、大男から、中央病院で、何を取材したのかを聞かれた。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 雪の日のタンチョウ(最終回)
第六章 幻のタンチョウ
第五章 事件の予感
第四章 レントゲンの影
第三章 釧網本線2
第三章 釧網本線
第二章 身代金一千万円2
第二章 身代金一千万円
第一章 釧路湿原2
第一章 釧路湿原