連載
雪とタンチョウと釧網本線
第七章 雪の日のタンチョウ(最終回) 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 十津川の胸の中で、不安が交錯した。わざと相手を、困らせるような細工をしたので、彼等が先に、及川ゆみを探し出したら、間違いなく、殺すだろう。
 それを防ぐためには、相手よりも先に、何としてでも、及川ゆみを見つけ出さなければならない。
 東京から亀井も応援にかけつけた。
 北海道警にも、応援を頼み、主として、釧網本線の周辺を探してもらうように頼んだ。もちろん、十津川たちも、また小柴や若柳も及川ゆみを必死に探すことになった。だが、なかなか見つからない。
 及川ゆみは精神を病んでいる。おそらく、記憶の方もまだらになっているだろうと、医者は言っていた。はっきりと覚えていることと全く覚えていないことの、差が激しいというのである。
 そんな中で、唯一の手掛かりといえるのは、監禁中に育てたというタンチョウヅルの存在である。もし、現在行方不明の及川ゆみが、自分の育てたタンチョウを探して、さまよっているのであれば、タンチョウの群れがいる所、釧路湿原や鶴居村周辺にいる可能性が高い。そこで、十津川たちは、タンチョウのいる場所を求めて歩き回った。
 及川ゆみが失踪して三日経ち、四日経ったが、いぜんとして行方がつかめない。五日目も釧路湿原を、及川ゆみを求めて、探し回っていた。
 そんな時、及川ゆみが救急車で、釧路市内の病院に運ばれた、という知らせが飛び込んできた。
 十津川は急いで、釧路に引き返した。釧路市内の救急病院である。応急手当てをした医者に話を聞くと、釧網本線の塘路駅近くの線路脇に倒れていたと、通りかかった列車の運転士が知らせてきたので、釧路の救急車が駆けつけ、意識不明の患者を運んできたのだという。
 及川ゆみは、ベッドで、こんこんと眠っていた。小柴が、救急車で運ばれて来た時の様子を聞いた。
「救急隊員の話では、線路の脇に倒れていたそうです。実は、昨夜遅く、網走発釧路行きの終電車が、塘路駅の近くを走行中、何かをはねたらしいと、運転士が釧路に着いてから駅長に話したそうで、それで、ひょっとすると人身事故ではないか、そう思い、救急車の出動を要請しました。そうしたら、今言ったように線路脇に患者が倒れていた。そこで急きょ、この病院に運んで来たというのです」
 と、医者が言った。
「その時の容態は、どうだったんですか? 線路上にいて、列車にはねられたんだったら、重傷だったんじゃないですか?」
 と、小柴が、聞いた。
「それが幸いにも、腰と両足を骨折していますが、奇跡的に容態は軽いんですよ。たぶん、線路上に倒れていたのではなくて、線路脇にいたところを、列車が腰または足に、接触したのではないかと思っています。そのため、運転士も、はっきりと人身事故だとは、思わずに、終点の釧路まで来て、駅長に話をしたらしい。一応、傷めた腰や両足は手当てをしておきました。ただ、この患者は体の負傷よりも、精神の負傷の方が、大きいようですね。発声は出来ると思うのですが、何を聞いても返事をしません」
 と、医者が、言った。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 雪の日のタンチョウ(最終回)
第六章 幻のタンチョウ
第五章 事件の予感
第四章 レントゲンの影
第三章 釧網本線2
第三章 釧網本線
第二章 身代金一千万円2
第二章 身代金一千万円
第一章 釧路湿原2
第一章 釧路湿原