連載
九州観光列車の旅
第一章 或る列車 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 その小西栄太郎が、最近ひいきにしている新橋の料亭に贈った座右の銘として「信なくば立たず」と書いた。そこに「K・EITARO」とローマ字のサインをしているのだが、そのKの形が、三人の少女の腕に彫られていた花文字のKと酷似していたのである。その事から、警察の目は自然に、小西栄太郎に向けられた。
 三上刑事部長はこの容疑者に対して、明らかに尻込みした。小西栄太郎は現在、千代田区紀尾井町に「小西政治研究所」を持ち、その所長をしていたが、研究所から育った一人が、現在の内閣で法務大臣をやっていたからである。下手をすると、小西栄太郎を逮捕するどころか、警視庁幹部の首が飛びかねない。三上刑事部長は、そう思ったらしい。神奈川県警と沖縄県警も同じ様に十津川たちの発見に対して少しだが、身体を引いてしまった。
 しかし、十津川たちは、三上刑事部長の不安を考えて、小西栄太郎の他に、何人かの容疑者をわざと作っておいて、彼等を追いかけるポーズを取りながら、実際には小西栄太郎を本命として追いかけていた。
 その結果、十津川たちは、自然に小西栄太郎という政界人に近づいていった。
 小西は二十二歳の時、大学を、中退してアメリカに行き、五年間のアメリカ生活を送っていた。彼の経歴を見ると、確かに渡米して向こうの大学に入り、五年間アメリカの政治経済を勉強して帰国。その後、著名な政治家の秘書になり政界入りしていた。
 十津川は、その経歴をまず調べる事にした。大学時代の友人で、現在アメリカの大学で日本学を教えている男に、小西栄太郎の五年間のアメリカ時代を教えてもらう事にした。
 その結果、アメリカの大学でアメリカの政治経済を勉強していたというのは、どうも嘘らしいとなった。小西は、五年間、ニューヨークやシカゴで、危ない連中とつき合っていたらしいと、分かった。特に、十津川の興味を引いたのは、黒人の女と、同棲していたのだが、その時、彼女から刺青師を紹介され、一時刺青に、凝っていた事があるという経歴だった。
 好きになった女の二の腕に、花文字で自分の名前「KONISHI」の名前を彫って喜んでいたという話も知った。そんな生活を心配した両親は、アメリカに行き、強引に小西を連れ戻し、知り合いの政治家に預けたというのが小西の二十代から三十代にかけての本当の経歴だった。政治家としてはマイナスの経歴は、いつの間にか封印されてしまった。それをこじあける事から、十津川たちは少しずつ小西栄太郎という政治家に近づいていったのだが、東京の井の頭公園で殺されていた、丹羽清美と小西栄太郎の接点も少しずつ明らかになっていった。
 小西が密かに資金を出して、三鷹に開園した幼稚園の事も明らかになった。小西は、何故かその事を秘密にしていたのである。東京の井の頭公園で発見された丹羽清美は、その幼稚園の卒園生だった。
 小西との接点が見つかったのだが、問題は、十月六日のアリバイだった。
 丹羽清美の死亡推定時刻は、十月六日の午後七時から八時の間だった。その日、小西栄太郎は、東京のKホテルで著名な政治評論家の出版記念パーティーに出席していたのである。そのパーティーは、午後六時に始まり、八時に終わっていた。小西栄太郎はそのパーティーが終わるまで、つまり午後八時まで、ホテルの「孔雀の間」にいたと証言しているのである。それが事実なら、小西栄太郎には丹羽清美を殺す事は出来ないし、ましてや、殺した後少女の二の腕に「KK」の刺青を施す事も出来ない。そこで、捜査はいったん頓挫してしまった。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章「亀井救出の道」2
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