連載
九州観光列車の旅
第一章 或る列車 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 ところが、その一か月後になって、小西栄太郎の彼女と言われている新橋の料亭「けいこ」の女将、今西けいこに密着して調べていた亀井刑事が、彼女の手紙を手に入れたのである。手紙は小西栄太郎に宛てた物で、七十歳の小西が気に入る様に毛筆で書かれていた。
 そこには、十月六日のパーティーを抜け出して、わざわざ、吉祥寺の自分のマンションに来てくれた事が嬉しかったとあり、しかし、小西に抱かれている間に眠くなってしまった。眠っている間に、どうして私を置き去りにして帰ってしまったのか、その事が、悔しいとも書かれ、その代わり今度は沖縄に、連れて行って下さい、約束ですよと結ばれていた。
 この手紙によって、小西栄太郎の十月六日のアリバイは崩れた。小西の弁護士は、この手紙には、本当の事は書かれていない、小西は東京のKホテルで開かれた政治評論家のパーティーに出ていて、午後八時までいたという証人もいると、抗議した。
 それでも警察は小西栄太郎を殺人容疑で逮捕する決定を下した。十津川たちと捜査一課の勝利と新聞は、書いた。捜査本部は解散し、お手柄を立てた亀井刑事には、三日間の特別休暇とボーナスが与えられた。十津川としては、亀井刑事には、三日間ゆっくりと休んで欲しかったのだが、子煩悩な亀井刑事は、いつも家庭サービスが出来ずにいるといい、小学六年生の長男健一を連れて、九州へ旅行する事になってしまった。



 小学六年生の健一は、鉄道ファンである。いや、鉄道マニアと言った方が、いいかも知れない。日本を走っているほとんどの列車について詳しかった。父親の亀井が忙しかったので、その列車に乗った訳ではなかった。今回の特別休暇で、父親の亀井刑事が、どこか行きたい所はあるかと聞くと、健一は、今年になって九州を走っている面白い列車に乗りたいと言った。
 九州は、日本一さまざまな観光列車が走っている事で有名である。特に最近、「或る列車」という奇妙な名前の観光列車が走る事になった。それを雑誌で知って、どうしても乗りたいと、健一が言い出したのである。
 そこで亀井は慌てて、最近の列車事情を研究する事になった。亀井の知っている日本の鉄道と言えば、地方を走っている第三セクターや新幹線、それに夜行列車である。
 それが雑誌によると、今や日本の鉄道は、観光列車ばやりになっている事が、分かった。
 JRについて言えば、東日本・西日本・四国・九州など競い合って観光列車を出している。JR西日本で言えば、「SLやまぐち号」「奥出雲おろち号」「瀬戸内マリンビュー」「花嫁のれん」。JR東日本は「SLばんえつ物語」「リゾートしらかみ」などだが、圧倒的に多いのがJR九州の観光列車だった。「ゆふいんの森」「いさぶろう・しんぺい」「はやとの風」「海幸 山幸」「あそぼーい!」「A列車で行こう」、そして今度「或る列車」という奇妙な名前の観光列車が走る事になって、健一はそれに乗りたいというのである。
 健一が雑誌から切り抜いてきたという、「或る列車」の写真を見た。二両編成で、外観は金ぴか、そのくせどこか、クラシックな感じもある。健一の持ってきた写真には、この列車の説明も載っていた。それを読むと、「或る列車」という名前の生誕には、他の観光列車とは、少しばかり違ったところがあるという。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章「亀井救出の道」2
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第一章 或る列車2
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