連載
九州観光列車の旅
第一章 或る列車 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 乗客たちは、「或る列車」に向かって、盛んにカメラのシャッターを切っている。
 写真では、金ぴかな車体に見えたのだが、実物は逆に、落ちついたクラシックな車体に見える。
 二両編成である。先頭車には「或る列車」の表示板が掲げられている。
 全車指定である。亀井は、さっさと乗り込んで、指定された座席に腰を下したが、健一は、やたらに、ホームを走り回って写真を撮りまくっている。東京に帰ったら、その写真をクラスの鉄道ファンに分けてやるのだという。
 亀井が腰を下したのは、二人用のテーブル席である。
 座席もクラシック調に出来ている。基本料金は、一名で二万四千円。子供は、二万三千円である。ななつ星よりは安いが、やはり豪華列車である。
 ユニフォーム姿の若いアテンダントが、にこやかな微笑で乗客を迎えてくれる。出発間際になってやっと健一が乗り込んできた。
 一四時五三分。亀井親子の乗った佐世保行きの「或る列車」は長崎駅を出発した。二両編成の列車は、それほどスピードを上げず、大村湾に沿って佐世保に向かう。長崎線と大村線の両方の路線を利用しての、佐世保までの三時間足らずの旅である。
 終点の佐世保まで乗客の乗り降りは出来ない。亀井としては、ゆっくりと、カウンターでビールを飲んで過ごしたいのだが、息子の健一は落ちつかず、列車の中を走り回っては写真を撮りまくっている。そのうちに亀井は、少しばかり眠くなってきた。カウンターで飲んだビールが効いてきたのかも知れない。
 席に戻って、うつらうつらしていたのだが、その間も、健一は席に落ちつかない。困ったものだと思いながらも、その一方で、これだけ喜んでいるのだから、まあ家庭サービスも出来たと、亀井は、満足もしていた。
 一七時三五分、佐世保着。亀井は目をこすりながら立ち上がった。リュックサックを持って、車内を見回ってから、初めて健一がいない事に気が付いた。
(困ったものだ)
 と思いながら一旦ホームに降りて、健一が、降りて来るのを待った。列車は満席だったから、次々に、乗客が降りて来る。
 しかし、いくら待っても、健一の姿はなかった。とうとう、乗客全員が降りてしまった。それを見ながら次第に、亀井の顔が強張っていった。駅員をつかまえると、
「息子がいなくなった。捜して下さい」
 と、強い口調で言った。
「この列車に、お二人で、乗っておられたんですか?」
 と聞く。
 そのゆっくりした口調にも、亀井は、いらついて、
「当たり前でしょう。長崎から乗って来たんですよ。息子と二人で、1号車の二人用の座席にいたんだが、息子が車内の写真を撮っていた。佐世保に着いたら息子がいないんですよ」
「おかしいですね。途中の駅で降りるはずはないんだが」
 と、駅員が首をひねる。
「だから、おかしいと言っているんだ!」
 少しばかり亀井の口調が荒くなった。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章「亀井救出の道」2
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