連載
九州観光列車の旅
第一章 或る列車2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 運転手が会社に連絡を取ってくれたので、夜半近くになって、同僚の運転手が警察署に来てくれた。佐世保市内から、JR博多駅まで問題の客を運んだという運転手である。彼の証言によれば、お客は佐世保市内から乗り込み、博多まで乗っていき、博多駅前で降ろすと駅の構内へ入っていったという。
「車内で、何かその客は喋っていましたか?」
 と、十津川が聞いた。
「いえ、博多駅まで、急いで行ってくれと言って、後はじっと、目を閉じていましたね。博多駅に着いた後は、きちんと、料金を払って今も言った様に、駅の構内へ消えて行ったんです」
 その運転手にも、乗せた男の似顔絵を作るのに協力して貰った。似顔絵を作りながら、亀井が質問する。
「この客ですが、小柄な少年を、連れていませんでしたか?」
 しかし、タクシーの運転手は、
「いえ、ずっと、お一人でしたよ」
「車内で、どこかに電話していませんでしたか?」
「いや、どこにも、電話はしていませんよ。今言った様に、博多駅まで急いでくれと言った後は、目を閉じて、一言も喋りませんでした」
 と、言う。
 どうやら、この男が健一を誘拐した犯人とは、思えなくなってきた。
「共犯者がいるんだよ」
 十津川が、断定した。亀井も同感だったが、それでもなお、健一が誘拐された理由が分からなかった。
 翌朝になって、否応なしに、犯人の動機が明らかになっていった。
 八月三日、午前十時。疲れて、うとうとしていた亀井は、ポケットの中の携帯が鳴って、目をさました。
「亀井刑事だね?」
 と、男の声が、言った。
 とっさに、亀井は、相手を誘拐犯と決めつけて、
「すぐ健一を返せ!」
 と、怒鳴った。その声で、同じ部屋で仮眠を取っていた十津川が、目をさまして、目を向けた。
「確かに、君の息子の健一は、我々が誘拐した。無事だから安心しろ」
 男が、落ちついた声で、言った。
「要求は何だ? 金なんかないぞ」
「君に、金の無心などはしない。一つだけ、やってもらいたい事がある」
「早く言え」
「君が発見した、女の手紙だよ。新橋の料亭の女将、今西けいこが小西栄太郎宛てに書いた手紙だ。お陰で小西栄太郎は、殺人容疑で起訴される事になった。裁判の前に君が、あの手紙を盗み出して、我々に渡すんだ。それと引き換えに、君の子供は、解放してやる」
 と、男が、言った。
「そんな事は出来ない」
「それなら、二度と君の息子に会えないぞ。それでもいいんだな?」
 と言って、男は、電話を切ってしまった。



 2     次へ
 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第六章「亀井救出の道」2
第六章「亀井救出の道」
第五章「二つの力」2
第五章「二つの力」
第四章「別件逮捕」2
第四章「別件逮捕」
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風2
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風
第二章 男と女の動き2
第二章 男と女の動き
第一章 或る列車2
第一章 或る列車