連載
九州観光列車の旅
第二章 男と女の動き 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 十津川は、亀井にかかってきた電話の相手を犯人だと考えて、そこにいる人たちに、
「カメさん一人にしておこう」
 と、言い、その場を引き揚げることにした。
 十津川は、わざと、ゆっくり時間を潰し、部屋に戻った。
 そこに亀井刑事の姿はなかった。



 亀井刑事の姿が見えないことに、若手の刑事たちが、騒ぎ始めたが、十津川は、別に慌てなかった。それは、最初から予期していたことだったからである。
 亀井は真面目な男だから、十津川たちがそばにいては、本音を出すようなことはしないだろう。そう思って、十津川は、わざと席を外したのである。
 従って、亀井が部屋に残っていても、姿を消していても、どちらでもよかったのだ。とにかく十津川は、亀井が本音で行動して欲しかったのである。
 それでも、十津川は、刑事たちに向かって、
「ゆっくり亀井刑事を探せ」
 と、命令した。
 十津川自身は、念のために亀井刑事の携帯に電話してみた。
 呼び出している。
 十回、二十回と呼び出し音を鳴らし続けたが、亀井刑事が、携帯に出る気配はなかった。
 次に十津川が電話をかけたのは、東京に住む亀井刑事の家族だった。
 自宅のマンションにかけてみる。普通なら、亀井刑事の妻が出るはずだが、こちらも一向に出る様子がない。
 どうやら、亀井刑事は、妻に電話をかけ、東京の住居から、どこかに、姿を隠すようにと伝えたのかも知れない。
 翌日になると、今度は、警視庁の三上刑事部長宛てに、亀井刑事の名前で、封書が届けられた。
 封筒の中に入っていたのは、亀井の直筆の退職願だった。

「私事、今般、一身上の都合により、警視庁刑事の職を辞したいと思います」

 十津川は、それを知らされて、亀井が覚悟を決めたと思った。亀井は、誘拐された息子の健一の命を助けるために、問題の手紙を盗み出し、犯人に渡すつもりに、なっているのだ。
 しかし、警視庁の現職刑事では、それが許されない。そのため、まず退職願を書いて、三上刑事部長に送ってきたのだろう。また、妻と娘に危険が及ばないようにと考えて、二人に、東京から、離れているように伝えたに違いない。
 十津川の、この推理が当たっていれば、今頃、亀井刑事の妻と娘は、おそらく妻の実家に帰っているはずである。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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