連載
九州観光列車の旅
第二章 男と女の動き 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 そんな亀井刑事の気持ちが、十津川には、痛いほど分かるのだが、退職願を出したことで、上司の三上刑事部長の態度が、硬化してしまった。
 三上刑事部長が、十津川に向かって、言った。
「私は、亀井刑事の子供を助けるためならば、犯人が要求している問題の手紙を、彼に渡してやってもいいとさえ思っていたんだ。ところが、こちらの親心も知らずに、亀井刑事は、あろうことか勝手に退職願を送りつけてきた。こんなことをされては、私の気持ちが踏みにじられたのと同じことだ。だから、絶対に亀井刑事には、問題の手紙を渡すな。いいか、絶対にだぞ」
 三上の声には、明らかに、怒りが籠っていた。
 問題の殺人事件の裁判は、一週間後に開催される。
「現在、問題の手紙は、どこに置いてあるのですか?」
 と、十津川が、聞いた。
「そんなことを聞いて、いったいどうするんだ? まさか、亀井刑事に渡すつもりじゃないだろうな?」
 と、三上が、言った。
「そんなことは考えておりません。私は、警視庁の刑事ですから、証拠品の手紙は守る義務があります。そのため、今どこにあるのか、それを、知っておきたいと思っているだけです」
「今回の裁判で、検察側の担当は緒方検事だ。現在、全ての証拠品は緒方検事のところに渡っていて、緒方検事が、それを一つ一つ、実際に、目を通して検証しているはずだ。問題の手紙も、緒方検事のところにある」
 と、三上が、言った。
 緒方検事なら、十津川も何回か会ったことがある。十津川が捜査を受け持った殺人事件の公判を、たしか三回、緒方検事が担当したはずだった。
 緒方検事の下には、二人の若い刑事がついていて、緒方検事の手足になって働いているはずである。
「亀井刑事が送ってきた退職願は、どうされるつもりですか?」
 十津川が、三上に、聞いた。
「今のところ、しばらくは、私の手元に置いておくつもりだ。しかし、もし、亀井刑事が、問題の手紙を盗んだか、あるいは、盗もうとしたことが判明したら、ただの退職では済まなくなる。彼を逮捕するつもりだ」
 三上刑事部長は、強い口調で、言った。
 どうやら、三上は本気で、亀井刑事のことを怒っているらしい。
「とにかく速やかに、亀井刑事を見つけ出して、私のところに連れてこい」
 と、三上が、言った。
 この命令は、ある意味、十津川には幸いした。問題の事件の捜査は終わってしまっているが、失踪した亀井刑事を見つけ出すために、一応、十津川の下に六人の刑事が捜索のために与えられたからである。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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