連載
九州観光列車の旅
第二章 男と女の動き2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「何があったんですか?」
「この部屋に、吉田刑事と二人でいたのですが、今回の公判で沖縄の長嶺検事とも、今日こちらのホテルで、初顔合わせをすることになっていたのです。ドアがノックされて、沖縄の長嶺ですという声が聞こえたので、疑うことなく、吉田刑事がドアを開けた途端に、いきなり何者かに、鉄の棒で殴られて倒れました。私は用心のために持っていた拳銃を取り出して、一発二発と、撃ちました。それが、相手に、命中したかどうかは分かりません。犯人は、非常口の方に、逃げていきました。追いかけていこうとしましたが、頭から血を流して倒れている吉田刑事のことが心配で、すぐに、救急車を呼びました」
「それで、犯人の顔は見えましたか?」
「それが、目出し帽を、かぶっていたので、顔は、分かりませんでした。凶器の鉄棒を落としていきましたが、犯人は、手袋をはめていたので、おそらく指紋は、取れないだろうと思いますね」
 と、緒方検事が、言った。
 そのうちに、本物の沖縄の長嶺検事も、到着した。
 十津川は、鑑識を呼んで、念のために二〇一五号室の入り口周辺を、写真に撮り、指紋を採取してもらったが、緒方検事が心配していたように、犯人のものと思われる指紋は、一つも、検出されなかった。



 二日後、勾留されていた小西栄太郎が突然倒れて入院してしまい、公判は、一週間、延期されることになった。
 犯人に鉄の棒で殴打され、救急車で病院に運ばれた吉田刑事は、命には別状がなかったが、十日間の入院、加療が必要との診断結果が出て、同じ年齢の後藤刑事が、緒方検事を補佐することになった。
 十津川は、三上刑事部長が急遽、捜査会議を開いたので、それに出席して今回の事件についての自分の考えを、披歴した。
「Kホテルで公判担当の緒方検事と補佐役の吉田刑事を襲撃した犯人の件ですが、凶器の鉄棒を押収しました。しかし、指紋は検出されませんでしたし、目出し帽をかぶっていたので、顔も分かりません」
「その犯人が、亀井刑事だという可能性もあるのか?」
 と、三上が、聞いた。
「亀井刑事だという可能性は、ありますが、今のところ、証拠は何も見つかっておりません」
「亀井刑事の行方は、まだ、分かっていないのか?」
「分かりません」
「亀井刑事の奥さんの方はどうだ? やっぱり行方が分からないのか?」
「それも分かりません」
「亀井刑事から何の連絡も入っていないのか?」
「何もありません。おそらく亀井刑事の長男を、誘拐した犯人が、亀井刑事に対して、われわれ警察と連絡を取ったり、自分の居どころを教えたりすることを禁じているのだと思います」
「犯人は、亀井刑事に対して、今回の裁判で、有罪の証拠になると思われる今西けいこの手紙を、奪い取るように命じている。これは間違いないと、考えていいんだな?」
 と、三上が、聞いた。
「ほかに犯人が亀井刑事に要求するものは、ないと思っています」
「それで、亀井刑事は、犯人の言う通りに行動すると、思うかね?」
「それも分かりません」



 2     次へ
 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第六章「亀井救出の道」2
第六章「亀井救出の道」
第五章「二つの力」2
第五章「二つの力」
第四章「別件逮捕」2
第四章「別件逮捕」
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風2
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風
第二章 男と女の動き2
第二章 男と女の動き
第一章 或る列車2
第一章 或る列車