連載
九州観光列車の旅
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 亀井の携帯が鳴った。耳に当てる。男の声が言った。聞き覚えのある声である。
「亀井さんか?」
「そうだ」
「あんたはついてるよ」
「何が?」
「こちらの要求に対して、あんたは、見事に失敗した。本来なら、あんたの息子はもう、死んでいるところだ」
「殺したんじゃないだろうな?」
「いや、まだ生きてる。とにかく一週間、公判が、延びたから、あんたはついていると言ってるんだ」
「それを信用しよう」
「今、どこにいる?」
「東京だ」
「それならすぐ、熊本へ行け」
「どうして熊本に?」
「あんたの息子は、熊本にいるからだよ」
「無事なんだろうな?」
「もちろん、無事だ」
「今度は無事なところを見せて貰うよ。もし見せてくれなければ、俺はあんたの要求には従わない。その代わり、徹底的に追い回してあんたを捕まえてやる」
「そう、いきがるな。とにかく今日中に熊本へ行け。今のところ、それだけだ」
 そう言って、男は電話を切ってしまった。



 十津川は、迷っていた。何とかして亀井刑事を助けたいのだが、連絡がつかないのだ。
 何回も亀井の携帯に掛けている。が、掛からない。たぶん、犯人が亀井の携帯を取り上げ、別の携帯を渡しているのだろう。
 一つだけ、十津川にとって幸運だったのは問題の裁判が、被告人の入院によって一週間延びたことだった。
 犯人も亀井の息子、健一を殺すような事はしないだろう。もう一度、亀井に例の手紙を持って来いと命令するはずだ。
 十津川にとっての不安は、亀井と連絡が取れないことだった。亀井がどこにいて、犯人がどんな指示を与えているのかが分からないのだ。分かっていれば、なんとか、助けられるかも知れないのに、である。
 犯人からの連絡も、亀井刑事からの連絡も無いままに、丸一日が経ってしまった。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風2
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