連載
九州観光列車の旅
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 午前八時、十津川の携帯が、鳴った。ひょっとして、亀井刑事ではないかと思ったが、違う男の声だった。
「十津川さんか?」
 と男が聞いた。
「そうだ」
「こちらの要求に対して、亀井刑事は失敗した。あんなに下手くそだとは思わなかった」
「君が、亀井刑事の息子を誘拐したのか?」
「そうだよ。しかし、亀井刑事があの体たらくでは私の要求は叶えられそうもない。そこで、亀井刑事の上司のあんたに、要求することにした。いいか、よく聞け。今から十三時までの間に、緒方検事の所から、今西けいこの手紙を盗み出し、私に渡すんだ。もし、あんたが断ったりしたら、容赦なく亀井刑事の息子を殺す。分かったか?」
「その件については、了解したが、亀井刑事の息子は無事なんだろうな?」
「もちろん無事だ」
「それをどうやって確認できるんだ」
「亀井刑事から、息子の安全を確認したら、そちらに電話を掛けさせる。時間は無いぞ。今も言った様に、今から午後一時(十三時)までに今西けいこの問題の手紙を盗み出してこなければ、我々は、亀井刑事の息子を殺す。今から約五時間だ。十三時にもう一度電話する。それまでの間に問題の手紙を検事の所から盗み出せ。あんたが失敗したら、亀井刑事の息子は死ぬ。頑張れよ」
 と言い、男が電話を切ってしまった。
 十津川はすぐ、犯人がどこから掛けてきたかを知ろうとした。調べたところ案の定、東京都内に僅かに残っている、公衆電話から掛けてきたものと分かり、そこで犯人との繋がりは、切れてしまった。若い刑事が、その公衆電話に急行した時には、すでに犯人の姿は無かったからである。
 十津川は、すぐ刑事たちを集めて、犯人からの電話を録音したボイスレコーダーを聞かせた。
「犯人は、亀井刑事に、要求するのではなく、今度は、こちらに要求してきた。恐らく、亀井刑事では、問題の手紙を、奪い取ることが不可能だろうと考えての、私への電話だったと思う。犯人は、八時ちょうどに私に電話してきて、今から十三時(午後一時)までの間に、今西けいこの手紙を緒方検事から奪い取っておけと、命令してきた。これから緒方検事と話し合いをしようと思うが、犯人が何故、こんなに時間にうるさいのか、想像がつくか?」
 十津川は刑事たちの顔を見渡した。
「午前八時に電話してきて、今から十三時(午後一時)までに手紙を奪えと、時間を切ってきたんですか?」
「そうだよ。聞いていて、妙な時間の区切り方をするなと思ったんだ。普通は今から正午までとか、今から十二時間以内にとか、そんな時間の区切り方をするのが普通だろう。それなのに、犯人は、今から十三時(午後一時)までの間に手紙を奪い取れと言ってきた。午後一時に電話して確認するとも言ってきた」
「もし、それまでに要求どおりにならなければ、亀井刑事の息子さんを殺すと言っているんですか?」
「そうだよ。父親の亀井刑事を脅すよりも、亀井刑事の仲間の我々を、脅かした方が、効果があると、考えたんだろう」



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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