連載
九州観光列車の旅
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「それで、警部は、どうされるつもりですか?」
「今も言った様に、これから、緒方検事と相談する。我々だけで、どうすべきか決められることじゃないからな」
 と十津川が言った。
 十津川はすぐ、東京検事局の緒方検事に電話して事情を話し、こちらに来て貰うことにした。
 緒方検事は、すぐやって来たが、少しばかり機嫌が、悪かった。
「突然、被告人が、心臓発作に襲われて公判が一週間も遅れてしまい、拍子抜けしていますよ」
「実は、今から三十分ほど前に、亀井刑事の息子、健一君を、誘拐した犯人から電話がありました」
「犯人は、何と言って、きたんですか?」
「私に、問題の手紙を、緒方検事から、奪い取れと指示してきました。今日の、午後一時(十三時)までの間にです。もしそれが出来なければ、亀井刑事の息子を、殺すと言ってきました」
「この手紙ですか」
 と言って、緒方は、内ポケットから、問題の封書を取り出して、机の上に置いた。
 十津川は、肯いてから、
「私としては、亀井刑事の息子を助ける為に、この手紙を、犯人に渡すことを、緒方さんに頼むことは出来ません。もちろん、私が勝手に行動するわけにはいきませんから、緒方さんとこれから相談したいんです。四時間あまりしたら、犯人から電話がありますから、それまでに、決めておかないと、亀井刑事の息子が、殺されますから」
「こういう状況に、置かれるのが、一番困るんですよ」
 緒方は、肩をひそめた。
「こちらも、同様です。検事のあなたにどうしてくれと、頼むことは出来ません」
 十津川も言った。
「この手紙がどんなに重要な物か、もちろん十津川さんにも分かっている筈だ。この手紙が無ければ、被告人のアリバイを崩すことも出来ないし、連続殺人事件の犯人と、断定することも出来ません。しかし、だからといって小学校五年生の子供を、犠牲にすることも出来ない。そのことは、お分かりの筈だ」
「もちろん、分かっています。だから私も苦しいのです」
「ちょっと、五分間だけ、考えさせて貰えませんか」
 と緒方検事は、部屋を出ていった。たぶん上司に、電話して、相談するのだろう。
 五、六分して、緒方は戻って来た。
「今、上司に電話して、どうしたらいいか聞きました。逮捕、起訴した犯人を今更逃がしたくはない。だからといって人命は、尊重しなければならない。そこで、上司はこう言いました。子供の命を助ける為に、一番大事な証拠品を手放すことはやむを得ない。その時に十津川さん、あなたに約束して貰いたいと、言っています」
「どんな約束ですか?」
「一旦は被告人を釈放することになるが、必ずもう一度逮捕し、起訴する。十津川さんが、そう約束してくれたら、問題の手紙を渡してもいいと」
「分かりました。必ずもう一度、逮捕しますよ。約束します」
 と十津川は言った。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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