連載
九州観光列車の旅
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 亀井の携帯が鳴った。
「今、どこだ?」
 と犯人が聞く。
「熊本駅に来ている」
「今から、下りの特急『いさぶろう一号』に乗るんだ。八時三一分発だから、急がないと乗り遅れるぞ」
「健一はどこにいるんだ?」
「こちらの指示どおりに動けば、間違いなくあんたの息子に、会わせてやる。もし、こちらの命令に、従わなければ即刻、あんたの息子を、殺す。下りの特急『いさぶろう一号』吉松行きだ。早く切符を買って乗るんだ。八時三一分発だからな。もし乗り遅れたら、あんたの息子は死ぬ」
 そう言って犯人は電話を切った。
 亀井は、熊本発吉松行きの下り特急、「いさぶろう一号」、その列車の切符を買って、ホームに向かって走った。
 何とか、八時三一分発の特急「いさぶろう一号」に間に合って、亀井が飛び込むとともに、列車は発車した。
 現在、九州には何本もの観光列車が走っている。たぶん、日本中で一番観光列車が多いのは、JR九州だろう。
 先日、亀井が乗って、息子の健一を誘拐されてしまった「或る列車」も、九州の観光列車の一つであり、熊本駅から亀井刑事が飛び乗った特急「いさぶろう」も、その観光列車の一つである。
 この観光列車は面白いことに、熊本発吉松行きだが、下り列車が「いさぶろう」で、上りの列車が「しんぺい」、合わせて「いさぶろう・しんぺい」号である。
「いさぶろう」というのは、九州の鉄道に貢献した、山縣伊三郎という九州鉄道の功労者の名前から取っており、上りの「しんぺい号」の「しんぺい」は、後藤新平である。
 亀井刑事は、終点の吉松までの切符を買って、今、特急「いさぶろう一号」に乗っている。時刻表によれば、熊本八時三一分発、八代九時〇三分、坂本九時一五分、一勝地九時四七分、人吉一〇時〇一分、終点の吉松着が一一時二二分になっていた。
 犯人が何故、この列車に乗れと命令したのか、亀井にも分からなかった。
 それ以上に分からないのは、犯人の要求だった。
 先日は、これから東京地裁で始める公判に備えて、被告人の小西栄太郎の愛人の手紙、今西けいこの手紙を奪ってこい。そう、命令したのだ。それなのに、今日は、何故かその手紙のことを犯人は言わなかった。
 何故言わなかったのか。何故、熊本発吉松行きの特急「いさぶろう一号」に乗れと命令したのかも分からないのである。
 熊本を発車した「いさぶろう一号」は、新八代から、肥薩線に入り、人吉を通って終点の吉松へ向かう。何故、この列車に乗る様に指示したのか、依然として亀井には分からないのである。
 時刻表によれば、亀井の乗った下り特急の「いさぶろう一号」は、肥薩線の人吉に一〇時〇一分着だが、終点の吉松までその間は、普通列車になって、各駅停車である。



   4   次へ
 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第六章「亀井救出の道」2
第六章「亀井救出の道」
第五章「二つの力」2
第五章「二つの力」
第四章「別件逮捕」2
第四章「別件逮捕」
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風2
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風
第二章 男と女の動き2
第二章 男と女の動き
第一章 或る列車2
第一章 或る列車