連載
九州観光列車の旅
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「でも、確かに大事な証拠品だけど、この手紙の為に、亀井刑事の大事な息子さんを、死なせる訳にはいかないわ。残念だけど、この手紙は持ち主に、返すより仕方がないわ」
 と早苗が言った。
 東京駅の八重洲口にある八重洲病院に着き、タクシーを降りると、二人の刑事は三階まで上がって行った。
 三〇六号室に入っていくと、最初に出迎えたのは、今西けいこだった。ベッドの上には、小西栄太郎が寝ていた。心臓発作で倒れたのだが、今は落ち着いているらしい。
 北条早苗が、今西けいこに、持って来た手紙を渡した。けいこはその手紙を受け取ると、内容を確認し、用意してきた大型の灰皿の上でいきなり、ライターで、火を点けた。
 燃え上がる手紙。それを見て、北条早苗は唇を噛んだが、十津川に言われたとおり何も言わずに三田村刑事を促して、病室を出た。
 エレベーターで一階に降りながら、早苗は十津川に電話を掛けた。
「今、問題の手紙を今西けいこに渡してきました」
「それで、向こうは、どうした?」
「私達の見ている前で、火を点けて燃やしてしまいました。残念です」
「命には代えられないだろう。そのまま帰って来い」
 と十津川が言った。
 その頃、亀井刑事を乗せた特急「はやとの風一号」は、定刻の一二時五二分に鹿児島中央駅に到着した。亀井は、ホームを見廻るようにして、列車を降りた。
 これから、どこへ行ったらいいのか分からずにホームに立ちつくしていると、彼の携帯が鳴った。
「私だ」
 と犯人の声が言った。
「感心だ。私の言うとおり特急を乗り継いで、ちゃんと鹿児島中央に着いたんだな」
「私の息子はどうなった。まずそれを教えてくれ」
「鹿児島中央に駅ホテルがある。そのホテルの一階のロビーに行け。そのロビーにティールームがあって、そこで君の息子はジュースを、飲んでいる筈だ」
 犯人が言った。
 亀井は鹿児島中央駅に併設されている駅ホテル、そこに行くと、エレベーターで一階のロビーに向かった。まだこの時は、犯人のことは信じていなかった。今日の犯人はまだ一言も、問題の手紙を奪ってこいと、言わなかったからである。
 一階のロビーに到着。一階ロビーには、ティールームが併設されている。そこをのぞき込む。
 息子の健一がいた。
 亀井は一瞬、呆然となった。目の前に息子の健一がいるのが信じられなかったのだ。
 今回、亀井は問題の手紙を、奪い取って来ていない。それなのに何故、犯人が突然、健一を釈放したのか。それが分からなかったからである。
 次の瞬間、亀井はティールームに飛び込んでいった。
 そのティールームには、他に数人の客がいた。その手前もあって、いきなり、抱きしめる訳にもいかず、亀井は、黙って同じテーブルに腰を下ろすと、小声で、
「無事で良かったな。もう、大丈夫だ」
 と声を掛けた。
「怖かった」
 と健一が言う。
「分かってる。もう、二度と犯人にさらわせたりはしない。一緒に東京に帰ろう」
 と亀井は言った。
 その時になって、初めて、健一が泣き出した。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章「亀井救出の道」2
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第五章「二つの力」2
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第四章「別件逮捕」2
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第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風2
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