連載
九州観光列車の旅
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 急遽、警視庁は、捜査方針を変更した。
 小西栄太郎を訊問するのは難しくなったので、亀井刑事の長男、十一歳の健一に関する誘拐事件に絞ることにしたのである。
 その指揮は、十津川が執ることになった。捜査会議が開かれ、十津川が報告した。
「小西栄太郎の病状は、いっこうに回復せず、このままでは公判は無期延期になる可能性が強くなりました。現在、小西栄太郎は警察病院から八重洲病院に転院し、三〇六号室に入っていて、移動も禁止されています。もちろん、被告人として公判に出席することも出来ず、訊問も出来ません。そこで、裁判長の英断で、公判の一か月の延期が決まったのですが、我々の前に誘拐事件が捜査を待っていることになりました。誘拐が行われたのが、JR九州の特別列車の中なので、福岡県警、長崎県警、そして熊本県警との合同捜査になります。そこで、まず誘拐事件の当事者になった亀井刑事に、話して貰うことにします」
 と十津川は言った。
 亀井刑事が自分の体験を話すことになった。
「これから、私と息子が遭遇した誘拐事件について説明しますが、その前に、私の息子、健一のことで小西栄太郎の裁判に支障をきたし、本当に申しわけないと思います。それをまずお詫びしてから、九州で起きた誘拐事件の説明をすることにします。
 私の十一歳の息子は、大変な鉄道マニアで、JRで最近、長崎─佐世保間を走ることになった『或る列車』に乗りたいと口にしていました。今はやりの観光列車です。私は丁度三日間の休暇を貰えましたので、息子とこの列車に乗りに行ったのです。もちろん、息子が誘拐されることなど全く想像だにしていませんでした。『或る列車』というのは、戦前九州の私鉄が計画した豪華列車でしたが、その私鉄の会社が潰れてしまったので、実現しませんでした。JR九州が、今回その夢を生かして『或る列車』として実現したのです。とにかく、豪華列車でした。客席は、ほとんど満員でした。息子の健一は、カメラを持って、車内を走り廻っていたのですが、終点の佐世保に近くなって、姿が見えなくなりました。最初から誘拐される危険性があると分かっていれば対応の方法もあったと思うのですが、そのようなことは全く考えていなかったので、まんまと息子を誘拐されてしまいました。恐らく犯人は、小柄な健一を大きなケースに押し込んで連れ去ったのだと思います。
 そのあと、犯人から電話があって、小西栄太郎の公判で、検察側が用意している今西けいこの手紙を盗んで来い。さもなければ、誘拐した健一を殺すというのです。刑事としての私は、もちろん拒否です。しかし、健一の父親としては、私は何としてでも息子を助けたい。そこで、警視庁に辞表を出してから東京に行きました。私にとって幸運だったのは、小西栄太郎が心臓発作で倒れ、公判が延期されたことです。私も、犯人の命令で盗みを働くことをせずにすみましたが、息子は帰って来ず、犯人が再度、私に命令してくるのは明らかでした。
 案の定、犯人から電話がありましたが、奇妙な命令でした。問題の手紙を盗めというのではなくて、まず九州の熊本に行けという命令でした。命令どおりに動かなければ、息子を殺すと言われましたが、何故か、今西けいこの手紙を奪って来いという指示は無かったのです。
 翌日、朝早く熊本駅に行きましたが、犯人の命令は、ますます不可思議なものになってきました。熊本八時三一分発の吉松行きの特急『いさぶろう一号』に乗れというのです。理由は言わないので、私は不思議な命令に首を傾げながら『いさぶろう一号』に乗りました。この特急列車は肥薩線を走って、人吉から吉松までは普通列車になります。時刻表どおり、終点の吉松に一一時二二分に着きました。そうすると、犯人から電話が掛かり、『吉松から特急「はやとの風」に接続しているから、それに乗れ』というのです。相変わらず手紙の話はありません。確かに、特急『いさぶろう一号』は吉松で『はやとの風一号』に接続していましたから、三分後に吉松を発車する特急『はやとの風一号』に乗り換えました。しかし、列車の中で、犯人が何かを命令してきたことはありません。こちらも、時刻表どおりの一二時五二分に終点の鹿児島中央駅に到着しました。
 この間、私は命令どおりに動いたわけですが、ただ、九州を走る二本の観光列車を乗り継いだだけです。更に驚いたことに、終点の鹿児島中央駅の中にある駅ホテルのティールームに、息子の健一がいました。犯人は何の要求もせず、健一を解放したのです。犯人の目的が何なのか見当がつかないのです」



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章「亀井救出の道」2
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第五章「二つの力」2
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第四章「別件逮捕」2
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第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風2
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第二章 男と女の動き2
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第一章 或る列車2
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