連載
九州観光列車の旅
第四章「別件逮捕」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「私なら、こう考えるよ」
 と、三上が言った。
「八月十日には、既に、小西栄太郎に関する裁判は、延期が決まっていた。したがって、犯人には、問題の手紙を奪い取る事は、緊急の要件ではなくなっていた。だから、この辺で、人質の子供を、解放しようと考えた。そこで、もっともらしい、奇妙な要求をし、それで亀井刑事の子供を解放した。つまり犯人は、八月十日に、もっともらしく人質を返そうとしたんだよ」
 と、三上が言うと、
「分かりました。しかし、私としては、犯人の意図が分かるまでは、安心できないのです」
 と、十津川が言った。
「しかし、君だって、当然、いろいろと考えている訳だろう? それを聞かせてくれないかね」
 と、三上が言った。
「先程も申し上げましたが、八月十日の午前八時から、十三時(午後一時)までの間に、我々を誘拐事件に関係ありと見せておいて、日本のどこかで、大きな事件を起こしたのではないかと考え、その時間帯に起きた事件を調べました。しかし、どの事件も残念ながら、その日の内に、解決している。全て済んだ事件だったんです。それで、謎は、残ってしまいました。それでも、私は誰かが、八月十日の午前八時から十三時(午後一時)までの間に、何か大きな事件を起こしているに違いないと、考えざるを得ないのです。繰り返しますが、私は、この時間帯に、私たちが見逃しているもっと大きな事件が起きているのではないかと、そう考えています。八月十日の午前八時から午後一時までの間に起きた事件を、全てピックアップしたのですが、残念ながら、それらの事件は、全て既に、終わっている事件でした。あるいは、完結している事件でした」
「他にもう一つ、疑問が、あるんじゃないのか」
 三上が言った。
「犯人は、せっかく亀井刑事の息子を誘拐したのに、八月十日の時には、亀井刑事に何もやらせずに、子供を、釈放している。亀井刑事を、九州の観光列車に続けて、二本乗せているが、一体あれは、何だったのかね。何の為にそんな事をしたのか、君には、分かっているのか?」
「今の所、はっきりした答えは、見つかっていません」
「犯人のやった事はまるで、その時間帯の亀井刑事のアリバイを、作ってやった。そんな感じを受けるんだがねえ。犯人は何故、そんな事をしたんだろうか?」
「それも、分かりません。ただ、今、部長が言われた八時から十三時までの間の亀井刑事のアリバイを作ったというのは、少し違っていると思います」
 と、十津川は言った。
「どう違っているのかね?」
「亀井刑事が乗ったのは、二両とも、九州の観光列車ですから、地元の人は、乗っていなくて、観光客がほとんどです。つまり、その日だけ、乗った乗客が、多いという事になります。そうした乗客にとって、同じ列車に乗っていた亀井刑事も、それほど、強い印象を残したとは思えません。自分たちと同じ様な観光客、おそらく、そんな感じで、亀井刑事を見ていた。あるいは逆に、見ていなかった。ですから、その時間帯の亀井刑事のアリバイを作ったと言うのは、少し違っていると思います」
「どう違っているのかね?」
「反対の印象を受けるのです。つまり、その時間帯の彼、亀井刑事の、アリバイは、希薄になった。犯人は、それを狙ったのではないかと、思うのです」
「もし、君の言う通りだとしても、その時間帯の亀井刑事のアリバイを、希薄にした。それで、犯人は、どうするつもりだったのかね?」
「それがまだ、分からないのです。それが分かれば、今回の事件は、解決すると思うのですが」
 と、十津川が言った。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章「亀井救出の道」2
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第五章「二つの力」2
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