連載
九州観光列車の旅
第四章「別件逮捕」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 八月十三日、夜。午後八時二十分。小西栄太郎が、心不全で亡くなった。
 元々心臓が悪く、不整脈で、苦しんでいたが、連続殺人事件の容疑者として、裁判にかけられた事が、一層小西栄太郎の病状を、悪化させたらしいと、医者が言う。
 これで、小西栄太郎に関する殺人容疑の公判は、終幕を迎えてしまった。この後は、連続殺人の容疑だけが残って、その容疑者のまま亡くなった事になる。そして、小西栄太郎は忘れられていくのだろう。
 十津川にとっては、奇妙な事件の終わり方だったが、逆に、もう一つの疑問に対して、全力を尽くす事が、出来るようにもなった。それは、八月十日の午前八時から午後一時、十三時までの間の亀井刑事に関する問題である。
 八月十三日。事件が起きた。いや、正確に言えば、八月十日に起きた事件が、八月十三日になって、発覚したのである。それも、政界を揺るがすような、極めて大きな事件だった。
 片山信江、六十歳が、東京で死体となって発見されたのである。片山総理大臣の夫人である。
 総理の片山伸之と、片山信江は、共に青森県の生まれである。八月十日午後一時から品川のホテルKで青森県人会が、開かれる事になった。総理の片山伸之は、国際会議に出席の為、急遽パリに出発したので、夫人の片山信江が八月十日の青森県人会には、一人で出席した。
 午後一時からの、県人会だったが、当日、片山信江は朝早くからホテルに来て、人々を指図して、パーティの用意をしていた。以前から、青森県人会に出席している人たちは、何人かが、手伝いに来ていたのだが、その中に青森県生まれの亀井刑事も、午前八時には来ていて、いろいろと手伝っていたというのである。
 ところが、午前九時頃になって、人々は、片山夫人の姿が見えない事に気が付いて、騒ぎ出した。
 しかし、いくら捜しても見つからない。そこで、自然に、午後一時からの県人会は、中止になった。その後、八月十三日まで片山総理夫人は、見つからなかった。
 八月十三日の午後。品川のホテルKから羽田空港に、向かって十キロほど離れた場所に、空き家が、あった。空き家というよりも、空きビルである。小さなビルで、一か月前から誰も、住んでいないビルで、最近問題になっている典型的な、空き家である。
 その地下室から、片山総理夫人の死体が、発見されたのだった。頭を殴られ、首を絞められての窒息死である。
「その死体の傍らに、亀井刑事の名刺が、落ちていたんですよ」
 と、十津川は知らされた。
 当然、亀井刑事は容疑者として、拘束された。
(犯人の狙いは、これだったのか?)
 と、十津川は思った。
 八月十日、午前九時前後のアリバイを消す為に、犯人は、九州の観光列車に、八時から十三時までわざと、亀井刑事を乗せておいたのではないか。その目的が、これで、分かった様な気がした。
 当然、亀井刑事はその時間帯、八月十日の八時から十三時まで、九州を走る二つの特急列車に乗っていたと弁明した。
 しかし、十津川が予想した通り、証明が、難しいのである。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章「亀井救出の道」2
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