連載
九州観光列車の旅
第四章「別件逮捕」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 この時、亀井刑事は、息子を助けたい一心で、犯人の言う通りに、動いていた。とにかく指示された特急列車に乗って、静かにしているのが一番良いと考えて、ほとんど動かずにいた。いつ、犯人から電話が掛かってくるか分からないので、駅員や運転士に声を掛ける事も、無かった。
 同じ列車に乗っていた、他の乗客に対しても、である。つまり、亀井刑事は、なるべく目立たない様にしていたのだ。それで、乗っていたという証明は難しくなった。
 どちらも二両編成の特急列車で、三両編成ともなると、車掌も乗るらしいが、二両編成ではワンマンカーである。
 したがって、車掌もいなければ、運転士と顔を合わせる事も無かったから、亀井刑事が、その列車に乗っていた事を証明する事が、思った以上に難しかった。亀井刑事が乗っていた事を、証明する人が、一人も出てこないのである。
 唯一、証明できるのは、「はやとの風」を終着の鹿児島中央で降りた後、駅内のホテルのロビーで、息子の健一を見つけ、駆け寄っていった事である。その事は、健一も証言が出来るし、ホテルの人間も証明出来た。だが、八月十日の一〇時、あるいは、一〇時〇五分の羽田発鹿児島行きの飛行機に、乗れば、一一時四五分か五〇分、つまり十二時前に、鹿児島空港に着く事が出来るのである。
 そうすれば十三時(午後一時)に鹿児島中央駅の中のホテルのロビーに現れる事も可能である。このアリバイも、成立しないのであった。
 亀井刑事を殺人容疑で逮捕したのは、地元品川警察署である。すぐ、十津川は説明をしに、品川警察署に行った。本来大抵の事件は、本庁と所轄署で話し合いをして、両方で、考えるのだが、本件に限り、品川警察署の刑事たちは、頑として、十津川の話を、聞こうとはしなかった。
 被害者が、現職の総理夫人なので、総理の秘書たちからも、あるいは、官房長官たちからも、容疑者が刑事でも妥協するなと言われ、逮捕すべき時は、速やかに逮捕しろと発破をかけられているに違いなかった。それだけに、品川警察署の署長も刑事たちも、異常に、張り切っていた。
 八月十日には、亀井刑事の十一歳の息子、健一が誘拐されていて、犯人の言う通りに亀井刑事は動いていた。と、十津川が、説明しても、
「それでは、犯人は、八月十日には、どんな事を亀井刑事に、命令したのですか?」
 と、質問される。
 そうなると、犯人は何も命令しなかった。とにかく、九州の二つの観光列車に乗るように言われ、それに乗った後、息子の健一が、釈放されたと、説明すると、
「それは、少しおかしいじゃありませんか?」
 と、言われてしまうのである。
「結局、犯人は、何もしなかったんじゃありませんか? そんなことは、とても信じられない」
 と、十津川に食ってかかってくるのだ。
 亀井刑事自身も、品川警察署での尋問に対して、事実を、そのまま話したのだが、
「全く信じて貰えません」
 と、十津川にこぼした。
 確かに、誰が考えてみても、八月十日の犯人の行動は、誘拐犯としては、不思議な行動だった。誘拐した子供の父親に対して、とにかく九州の二つの観光列車に乗れと指示し、ただ乗っているだけで、誘拐した子供を解放してしまったのである。誘拐犯の行動としては、全く不思議な行動だった。そこの所が、十津川がいくら説明しても、品川警察署の署長や刑事たちは納得しなかった。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章「亀井救出の道」2
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