連載
九州観光列車の旅
第四章「別件逮捕」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 不可解な誘拐。それが犯人の目的だったと、十津川が、いくら説明しても、信じて貰えないのである。
 品川警察署では、八月十日の午前中に青森県人会のパーティーの設営を、手伝っていた人たちを署に呼んで、亀井刑事の面通しをさせることになった。
 十津川や亀井刑事本人は、この事にひそかに期待した。
 八月十日に、ホテルKに来ていた亀井刑事は偽者である。本物の亀井刑事とは、全くの別人だと証言してくれれば、冤罪である事が分かって貰えると、考えたからである。
 品川署に集まったのは六人だった。いずれも、八月十日の午前中に、県人会の設営を手伝っていた、人たちである。
 しかし、六人とも亀井刑事を見て、間違いなく、あの時一緒にいた亀井刑事であると、証言したのである。声の調子についても、六人は、よく似ていると証言した。
 次は名刺だった。片山総理夫人の死体と一緒に、発見された亀井刑事の名刺である。その名刺の作りが、違っていれば、誤認逮捕を証明できるのだが、調べると、それは、亀井刑事がいつも使っている名刺だった。たぶん犯人は、名刺を自分で、作ったのではなく、亀井刑事が、配った名刺の一枚を手に入れたに違いなかった。
 十津川は、少しずつ、追い詰められていくのを感じた。急遽、三上刑事部長の要求で捜査会議が開かれ、その席で、三上が大声を出した。
「亀井刑事は、殺人事件の容疑者、しかも、総理夫人を殺した容疑者として、逮捕されたまま、取り戻せないじゃないか。どうするつもりかね?」
「亀井刑事は、犯人じゃありません」
 十津川が言うと、
「そんな事は分かっている。問題は、犯人じゃない事を、証明して、亀井刑事を、釈放出来るかどうかという事だ。それが出来なければ、このまま亀井刑事は、犯人として起訴されてしまうぞ」
 三上がまた、大声を出した。
 この事件は、何しろ、総理夫人が殺されたというので、新聞の第一面を飾り、次に、容疑者として警視庁捜査一課の刑事が、逮捕されたという事で、連日第一面を飾ってしまった。
 帰国した片山総理は、
「容疑者が、たとえ、警視庁捜査一課の現職の刑事だとしても、今回の事件については、関係なく、真相を、徹底的に究明せよ。刑事だとしても逮捕し、起訴する事に、逡巡してはならん」
 と、言い、その事も新聞ダネになった。
 十津川は、片山総理夫人殺人事件を、自分たち警視庁捜査一課に、担当させて貰えるように、嘆願した。
 が、それは、却下された。当然かも知れない。何しろ十津川班に所属している一番のベテラン刑事が、この事件の容疑者として逮捕されているのだ。十津川班には、担当させないと考えるのが、当然だろう。
 結局、別の捜査班が、この事件を捜査する事になったが、亀井刑事は容疑者として逮捕されたまま、釈放されなかった。
 十津川は、三上刑事部長に、頼んで、八月二日の誘拐事件についても、新しい捜査班に捜査して貰う事にした。八月二日、間違いなく、亀井刑事の息子、健一、十一歳が九州で、誘拐されたのである。
 小西栄太郎の公判で証拠品になっている手紙を奪って来ることを、犯人が、命令した。この件については、犯人の言葉も、録音されている。
 さらに、緒方検事の証言、あるいは、鉄棒で殴られて負傷した吉田刑事の証言もあって、一応、誘拐事件があった事は、証明されていたが、八月十日の件については、相変わらず十津川の証言は、信用されなかった。あまりにも、普通の誘拐事件と犯人の行動が、違っていたからである。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章「亀井救出の道」2
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第五章「二つの力」2
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