連載
九州観光列車の旅
第四章「別件逮捕」2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「その他、車について何か覚えている事があれば、どんな事でもいいから、話して下さい」
 と、十津川が言った。
 三人の店員が話し合ってから、十津川に、答えてくれた。
「猫がいましたよ」
「猫ですか」
「まだ子猫で、運転手の女が抱いていましたが、その内に、車の奥の方に消えてしまいました」
「何という猫ですか?」
「あれは、ちょっと面白い猫なので、運転手の女に聞いたら、シンガプーラだと、そう言っていましたね」
「シンガプーラですか?」
「ええ、そうです。あとで調べたら、シンガポールで、最近発見された種類で、成猫になっても、世界で一番小さいそうですよ。子猫でも、十八万円はすると、運転手が自慢していました」
「その子猫の名前は、分かりますか?」
「ええと、何と言ったかな。ああ、パトラと呼んでいましたよ」
「ああ、クレオパトラのパトラね。とすると、メスなんだ」
「そうですか。メスですか」
「運転手の女性は、可愛がっている様に見えましたか?」
 と、日下刑事が聞いた。
 彼も、猫を飼っていた。といっても、雑種で、拾った猫である。
「いや、車の奥から呼ばれて、消えてしまいましたから、全員で飼っているんじゃありませんか」
 と、店員が言う。
「もう一度確認しますが、種類はシンガプーラで、名前はパトラですね。間違いありませんね?」
「ええ、間違いありませんよ。運転手の女は、自分の携帯に、子猫の写真を入れていました」
 と、店員は言った。
 十津川は、熊本駅に行き、構内の本屋で、猫の写真集を買った。シンガプーラという猫の事を、自分で確かめておきたかったからである。
 毛が短く、アビシニアンに似ていると思った。

(シンガポールで発見され、アメリカ人が、育て上げて、人気が出た。世界一小さい猫と言われている)

 これがシンガプーラの説明だった。最近、発見された種類なので、シャムやアビシニアンの様に、一般的ではないとも、そこには、書いてあった。
 十津川は、部下の刑事たちにも、このシンガプーラの猫を、覚えさせる事にした。犯人を見つけるのに、一つの目印になるかも知れないと、思ったからである。
 十津川は、いったん、東京に戻った。
 亀井の様子は、弁護士から聞くことが出来た。柴田という弁護士である。
「亀井刑事は、根気よく、九州の『或る列車』から、息子の健一君が誘拐された時の事を説明しているようですが、所轄署の刑事たちは、いっこうに信じてくれないと、口惜しがっていました」
 と、柴田弁護士が、十津川に話してくれた。

 



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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