連載
九州観光列車の旅
第四章「別件逮捕」2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 片山総理夫人殺人事件の捜査は、品川署の小野班の担当になってしまったが、それでも、小野警部は、十津川の同期だったから、夜になってから、捜査の様子を、携帯で知らせてくれた。
「今、殺された片山総理夫人について、どんな女性だったのかを、調べている」
 と、小野が言う。
「総理より二歳年上で、それに、父親は青森県知事だったから、片山総理は、頭の上がらない所があったらしい」
「しかし、片山総理夫妻の間が、うまく行っていなかったという話は、何もないんだろう?」
 と、十津川が聞いた。
「総理夫妻は、一応、仲の良い夫婦と言われていたが、夫人の方が、片山総理に対して、命令する様な所もあったらしい。特に、外交問題では、夫人が総理に、あれこれと指図する事もあったらしい。何しろ、夫人の兄さんというのが、外務大臣になった事があったくらいの人だったからね」
「しかし、その人は、もう亡くなっているんじゃないか?」
「ああ、一か月前に亡くなっているが、何と言っても、外務省内に、一つの派閥を作ったという、力のあった人だからね。今でも、外交については、片山総理でも簡単に、指導力を発揮できないらしいんだ。だから、外交については、夫人に頭が上がらない事もあったらしい」
「あまりいい事じゃないね。日本の外交に、奥さんが口を出すというのは」
「だが、一か月前までは、そんな状態が続いていて、片山総理が、かんしゃくを起こす事もあったらしい」
「総理の秘書たちは、どう思っているんだ?」
「とにかく、二十人近い秘書が、いたからね。全く口を挟まない秘書もいたし、時々、忠告をする秘書もいたらしい」
「そういう事を、総理は、一体どう思っていたのかね? うるさいと思っていたのか、それとも、忠告をありがたいと、思っていたのか?」
「そこが、まだよく分からないんだ。片山総理は、平気で嘘をつく事があるみたいだからね」
「そんなふうには見えないがね。嘘をつく事があるのか?」
「中には、片山総理の事を、策士だと言う人もいるね。一見、直情型だが、自分の敵に対して、わざと自分の方から近づいていって、味方のふりを見せて、倒してしまうのを、何回も見たと言う人もいるんだ」
「そういう人の秘書というのも、大変なんじゃないのか?」
「いや、それがそうでもないらしい。片山総理の信頼を得てしまえば、安心だという人も多いんだ。ただ、片山総理は、信頼を簡単に消してしまう様な所もあるからね。安心しきっていると、突然、足をすくわれる心配もあるんだそうだ」
「何やら、片山総理に仕えるというのも、大変だね」
「いや、今も言ったように、片山総理のふところに、うまく飛び込んでしまえば、大丈夫だよ」
「具体的に、総理のふところに飛び込むことに、成功した人間はいるのか?」
「何人かいるらしい」
「具体的に、君は、そんな奴の名前が、分かっているのか?」
「一応、分かっているつもりだがね」
「その名前を、教えてくれ」
 と、十津川が言った。
「残念ながら、ノーだ」
「どうして?」
「私の出世のネタだからね。いくら同期の君でも、それは教えられないよ」
 と、小野が笑った。
「そんな噂のある連中まで、調べているんだろうか?」
「さあ、どうかな。今の所は、逮捕した亀井刑事について、調べている段階だと思うがね」
 と、小野が言った。



   4   次へ
 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第六章「亀井救出の道」2
第六章「亀井救出の道」
第五章「二つの力」2
第五章「二つの力」
第四章「別件逮捕」2
第四章「別件逮捕」
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風2
第三章 特急いさぶろうと特急はやとの風
第二章 男と女の動き2
第二章 男と女の動き
第一章 或る列車2
第一章 或る列車